準決勝の前に
「レイルズ様。ではこちらへどうぞ!」
白い腕章をつけた兵士の呼びかけに元気よく返事をしたレイは、先ほど戦った場所よりもやや中央寄りにある指定された場所へ早足で向かった。
気付けば、もう残っているのは自分を含めて四名のみだ。
「ああ、オリヴァー!」
レイが次にグッドマン大尉と対戦するように、同じく勝ち抜いて来たラスク少尉と準決勝で対戦するのは、一番最初の顔合わせの時から会っていた、十六番砦に勤務するオリヴァー少尉だった。それに気付いて笑顔で駆け寄る。
「ああ、レイルズ。俺も何とかここまでは勝ち上がって来られたよ。だけど、もう次の対戦相手を見ただけで、正直言って帰りたくなっているんだけどなあ。俺ごときが、十六番砦を代表する最強の切り込み隊長に一対一で勝てるわけねえじゃん」
思いっきり大きなため息を吐いたオリヴァー少尉は、情けなそうな声でそう言って左手で顔を覆う。
「ええ、やる前から諦めちゃあ駄目だよ。相手は大先輩なんだからさ。ここは胸を借りるつもりで思いっきり行かないとさ!」
「あはは、素敵な助言をありがとうな。そうだよな。確かに一対一で手合わせしてもらえる貴重な機会なんだから、死ぬ気で思いっきりいかせてもらうよ」
「うん。お互い死ぬ気で頑張ろうね!」
笑ったレイの言葉に、オリヴァー少尉も乾いた笑いをこぼしつつ握り拳を突き出してくれた。
笑顔でお互いの拳をぶつけ合ってから、それぞれの場所へ戻る。
「おうおう、いいねえ若いって」
「だなあ。自分の若い時を思い出して、ちいっとばかし恥ずかしくなるけどな」
拳を突き合わせる二人を眺めながら、話をしていたラスク少尉とグッドマン大尉も揃って苦笑いしている。
「ところで、レイルズ様に花を持たせてやる気はあるんっすか?」
やや小さな声で、ラスク少尉が隣に立つグッドマン大尉を横目で見ながら尋ねる。
「ううん、正直に言うとどうしようか迷ってるんだよな。オッターグル少佐からは、好きにしろって丸投げされているし、竜騎士隊からは、これに関しては、もしも彼と当たるようなら遠慮なくやっつけてくれていいとは言われてるよ」
「へえ、じゃあ決勝戦は俺と大尉とですか? それっていまいち盛り上がりに欠ける気がするんだけどなあ」
「興行じゃあないんだから、盛り上がりは関係ないだろうが。だけどまあ、言いたいことはよく分かるよ。さて、どうしようかねえ」
グッドマン大尉は、持っていた木剣を足下に突き立てて顎に手を当てて苦笑いしつつ考えている。
「まあ、勝負なんて始まってみないとわかりませんからねえ。俺は勝つ気満々ですけど、実際のところどうなるか分かりませんよ。レイルズ様も、あのオリヴァー少尉も相当頑張っていますからね」
「だなあ。若者を鍛えてやるのは年長者の務めではあるが、どこまで押してどこを引くかの匙加減は難しいよな」
「ですね。まあお互い怪我のない範囲で楽しみましょうよ。正直に言わせてもらえれば、俺は大尉殿とは決勝戦で当たりたくないなあ」
「あはは、勝手に言ってろ。だけど言っておくがレイルズ様も相当強いぞ。それは実際に一度手合わせしたお前が一番よく分かっているだろうが」
横目でラスク少尉を見たグッドマン大尉の何か言いたげな視線に、ラスク少尉は苦笑いしつつ頷く。
「いやあ、あれは確かに相当ですね。あれでまだ十六歳でしょう? あの恵まれた体格もそうだし、もうちょい身体が出来上がって実戦慣れすれば、恐らくですけど、ヴィゴ様くらいでないと相手にならないんじゃあありませんか? 末恐ろしいにも程があるっすよ」
「それは俺も思うな。まあ、竜騎士隊の将来は安泰ってところだな」
「ですね。頼もしい限りだ。そっか。そう考えたら、今なら俺達でも勝てる貴重な機会かもしれませんよ」
手を打ったラスク少尉の嬉しそうな言葉に、不意をつかれたグッドマン大尉が堪える間も無く吹き出す。
「お前なあ……でも確かに、言われてみればそうかもな。よし。となると、ここは全力でもってお相手するのが年長者の礼儀ってもんだよな」
「うわあ、レイルズ様ごめんよ。熾火に乾いた薪を突っ込んじまったかも」
ニンマリと笑ったグッドマン大尉の呟きを聞いて、ラスク少尉は謝りつつも面白がるようにそう言って、笑って手を叩いて笑っていたのだった。
『おやおや、何やら大変な事になりそうだぞ。レイ』
そんな二人の会話をラスク少尉の頭の上に座って聞いていたブルーのシルフは小さく笑ってそう呟くと、ゆっくりと立ち上がってレイのところへふわりと飛んで行った。
『次は強敵だな。しっかりやりなさい』
立ったままゆっくりと深呼吸をして気持ちを整えていたレイの右肩に降り立ち、柔らかな頬にそっとキスを贈る。
「ブルー。うん、頑張るから見ていてね。言っておくけど、さっきの緊急事態な事にでもならない限り手出しは無用だよ」
『もちろんだよ。大人しく見学しているから安心して戦うといい。勝敗に関わらず、この対戦はきっと其方にとって良き経験となるだろうからな』
笑顔で頷くレイに、ブルーのシルフはもう一度思いを込めたキスを贈ったのだった。




