一回戦の終了と二回戦の開始
「へえ、いきなり一方的な戦いになってる。確かに優秀だって言われる訳だね」
すぐ近くで始まったアーク少尉とキース少尉の戦いを眺めつつ、レイは密かにそう呟いて小さく頷いた。
使われている武器は、レイも普段の朝練の時によく使っている木剣で、二人が打ち合わせるたびに聞き慣れた鈍い音がここまで聞こえてくる。
この二人の体格に大きな差はなく、身長や腕の長さもほとんど変わらない。おそらくだが、ロベリオやユージン達と同じくらいだろう。となると普通ならほぼ互角の戦いになりそうが、見る限り明らかにアーク少尉が優っている。
しかも、彼は時折こちらを横目で見るくらいに余裕があるのだ。間違いなくレイが自分の戦いを見ている事に気が付いている。
対して、始まりからほぼ受け手一辺倒になっているキース少尉の方は、全くそんな余裕は無くただただ何とか打ち込まれるのを必死で受け続けているような状態だ。
周りで見ている兵士達も二人の圧倒的な差に感心したように見ている。
結局、キース少尉は反撃の機会すら無く、押されるままに下がり続けて白線を超えてしまい、そこで試合終了になってしまった。
「そこまで! 勝者アーク少尉!」
「チッ!」
恐らく叩きのめすつもりだったのだろう。審判役の士官に止められたアーク少尉が小さく舌打ちをする。
「アーク少尉、礼を!」
そのまま礼もせずに下がろうとするアーク少尉を見て、審判役の士官が短く呼びかけると、一瞬何か言いかけたが最初の手合わせの位置へ無言で戻り、木剣を持ったまま無言で礼をした。
「次は負けないからな!」
顔を上げたアーク少尉は、いきなり振り返るとレイに向かって木剣を突き出すようにして大声で宣言するようにそう言った。
しかしその時レイは、その隣で既に勝負がついていたラスク少尉と笑いながら手を振り合っているところで、自分に言われている事に全く気づいていなかった。
レイの周りにいた兵士達が、俯いて笑いを堪えつつ黙って横を向いているレイの腕を叩く。
「え? どうかした?」
突然腕を叩かれて、驚いたレイが隣の兵士を見る。
「レイルズ様。喧嘩売られてますよ」
小さな声でそう言われて、驚いて慌てて周りを見回す。
すると、周りにいた兵士達が一斉に無言のまま前を指差した。しかも全員が必死になって笑いを堪えている。
「えっと……?」
戸惑いつつも言われるままに前を見て、眉間に思い切り皺を寄せて憤怒の形相で自分を睨みつけて立っているアーク少尉にようやく気付き、目を瞬く。
「次は負けないからな!」
木剣を向けたままもう一度大声でそう宣言されて、ようやく状況を理解したレイは満面の笑みになる。
「はい、こちらこそよろしくお願いしますね!」
周囲の兵士達が、とうとう堪えきれなくなってあちこちから吹き出す音を聞いて、一人不思議そうに首を傾げるレイ。
「くそ! 舐めやがって!」
イラつくようにそう呟いて足元の砂を蹴り、イラつく顔を隠そうともせずに無言のままで指でレイを呼ぶ。
「いってらっしゃい!」
両隣の兵士達に笑顔で背中を叩かれ、嬉しそうに頷いたレイが立ち上がる。
「一回戦が全て終了しました。二回戦に勝ち進んだ勝者に拍手を!」
司会役の士官の声に、一斉に拍手と歓声が上がる。
「では、引き続き二回戦を開始します。参加者はそれぞれ指定された場所へ移動してください!」
「レイルズ様。こちらへどうぞ」
駆け寄ってきた白い腕章をつけた兵士の言葉に、素直に頷き前に進み出る。
「得物は木剣でよろしいですか?」
木剣と棒を持った別の兵士の言葉に、レイはアーク少尉を振り返った。
「木剣だ」
自分が持っている木剣をレイに突きつけるようにしながら平然と答えるアーク少尉に、白い腕章をつけた兵士が眉を寄せる。
「アーク少尉。木剣とはいえ切っ先を相手に向けるのは騎士の礼儀に反します」
鼻で笑ったアーク少尉は、謝りもせずに中央へ戻る。
「大変失礼を致しました。どうぞ前へ」
木剣を差し出した兵士に謝られてしまい、呆気に取られて何も言えなかったレイは、小さなため息を吐いて木剣を受け取った。
「部隊指揮の訓練で、捕虜にしたのを恨んでるのかなあ。貴方が謝る事じゃあ無いですよ。気にしていませんから」
笑顔でそう言って木剣を受け取ったレイは、何事も無かったかのように軽い足取りで進み出ていった。
「レイルズ様、相変わらずだよなあ」
「いやあ、大物だよなあ」
「あれだけ分かりやすい敵意を向けられていても、満面の笑みでのあの返事だもんなあ」
「面白いもの見せてもらったよ」
「土産話が出来たよな」
「だよなあ。これは絶対にルーク様にも報告しないとな!」
レイの性格をよく知る第二部隊の兵士達は、顔を見合わせてお互いに小声でそう言っては、必死になって笑いを堪えて頷き合っていたのだった。
『ふむ、なかなかに面白きものを見せてもらったな。レイはこういった感情に関しては相変わらずのようだが、これもまた愛おしきかな。だな』
ブルーのシルフの呟きに、苦笑いしていたニコスのシルフ達もうんうんと頷く。
『さて、ではどのような戦いを見せてくれるのか。楽しみに見せてもらうとしよう。万一卑怯な手を使う事あらば、容赦はせぬからな』
にんまりと笑ってそう呟いたブルーのシルフはふわりと飛んで、レイとアーク少尉の戦いの審判役の士官の頭の上へ降り立った。
『では、我はここで見学させてもらうとしよう』
同じく飛んで来て士官の両肩に分かれて座ったニコスのシルフ達を見て小さくそう呟いたブルーのシルフは、アーク少尉と並んで立ち、参加者紹介で名前を呼ばれて笑顔で手を挙げるレイを、愛おしげに見つめていたのだった。




