棒術訓練と王都のパンケーキ
「全然歯が立たなかったんだよ。やっぱりすごいね」
昨夜、夕食の後、蒼の森のニコス達と連絡を取り、竜騎士達と組手をした事を報告した。
『まあ当然そうなるよな』
『わざと負けてくれたところでレイにとっては逆効果だろう』
シルフが伝えてくれる二人の言葉に、レイは大きく頷いた。
「うん。まあ手加減はしてくれてたけど、ちゃんと相手してくれたのは嬉しかったよ」
「明日も来てくれるそうですよ」
タキスの言葉に、レイも嬉しそうに笑った。
「明日は、棒術で手合わせしてくれるんだって!」
『おおそれは楽しみだな』
『また結果を聞かせてくれよな』
『でも無理はするなよ』
『そうじゃ絶対約束じゃぞ!』
「はい、約束します!」
真剣な顔で、シルフに向かって頷くレイの背中をタキスが笑って撫でる。
「私がちゃんと見ますからご心配なく。それではまた連絡しますね」
「おやすみなさい」
『それじゃあおやすみ』
『おやすみゆっくり休めよ』
手を振っていなくなったシルフを見送り、レイも大きな伸びをした。
せっかく、ニコスやギードに教えてもらった格闘術だったが、竜騎士達には全く歯が立たなかった。自分の年齢や彼らとの実戦経験の差を考えると負けて当然の事なのだが、純粋に、負けた事が悔しいのは、もう本能のようなものだろう。
今日こそはと意気込んで来たが、目の前で棒を構えてこっちを見ているタドラには、全く打ち込める隙が無い。
「始め!」
タキスの声に、二人は頷いた。レイがゆっくりと右横に足を運ぶ。タドラも同じく動く。
互いに慎重に様子を伺っていたが、先に動いたのはレイの方だった。
「お、中々早いな」
一気に打ち込み、打ち返されてもそのまま一気に前へ出る。
下から払った棒の先をそのまま床に突き立て軸にして、一気に横に飛ぶ。そのまま横へ出て脇を攻めるつもりだったが、簡単に見切られて逆に足を払われる。咄嗟に棒で防御したが、一瞬遅かった。
受け止めきれず、棒ごと払われて見事にひっくり返された。
咄嗟に起きようとしたが、目の前の棒の先に喉元を押さえられてしまったらもう動けなかった。
「……参りました」
棒を持った手を開いて、降参する。
「それまで!」
タキスの声に、タドラは大きなため息を吐いた。
「中々、良い反応だ、うん大したもんだ、基礎は十分出来てるよ。でもちょっと経験が足りないかな。なんて言うか……動きに癖があるね。同じ相手とばかり打ち合ってるとなりがちだから、そこはまあこれからだね」
手を貸してレイを立ち上がらせたタドラは、嬉しそうにそう言ってレイの肩を叩いた。
「ねえヴィゴ。もっと簡単に叩きのめせると思ったのに、彼は健闘したよね」
汗を拭いているレイを見て、タドラが笑う。
「ああ、これは将来が楽しみだな。ほら、次、行ってこい!」
ヴィゴも頷いてそういうと、隣で今にも飛び出さんばかりに今の戦いを見ていたロベリオの背中を叩いた。
大きく頷くと、嬉しそうに走って行った。
中央で、向かい合って一礼する。
「始め!」
タキスの声が響き構えあった次の瞬間、ロベリオが動いた。
「こっちから行くぞ!」
「うわわわ」
突然の素早い攻撃に、レイは一気に防戦一方に追い込まれた。
上段中段下段と、次々に手を変えて打ち込まれる全てを、レイは必死になって受け続けた。
恐らく、力はかなり手加減されているのだろう。一撃一撃はそれほど強く重いものでは無い。しかし、息つく暇もない矢継ぎ早の攻撃に、気がつくとどんどん後ろに下がっていた。
あっと思った時には、壁側まで追い込まれて身動きが取れなくなっていた。そのまま喉元に棒を当てられてしまえばもう終わりだった。
「受けるだけじゃなくて、受けた時にこうやって手首を返して攻撃するんだよ」
数歩下がって、もう一度やってくれる。言われた通りに、受けた棒をそのまま流して手首を返して打ち返す。
更に受けられて、また返そうとしたところで、今度は逆に手首を押さえられた。
「無理に返そうとしたら手元がガラ空きになるぞ。そういう時はこっち」
次々と、実際にやって見せながら教えてくれる。レイも夢中になって教えてもらった事を繰り返した。
「楽しそうだな」
「今までとは違う相手に教えてもらえるというのは、本当にありがたい事です。皆様には、どれだけ感謝しても足りません」
二人の様子を見つめながら、下がって来て感極まったように呟くタキスをヴィゴは面白そうに横目で見た。
「その言葉は、そのままお返しいたしますよ。どれだけ返せば、我らが貰ったものを貴方にお返しできるのか……」
「少しでもそう思ってくださるのなら、それは全てあの子にあげてください。教え甲斐のある子ですよ」
「たしかに、教え甲斐はありそうですな」
笑ってそう言うと、大きな棒を持ったヴィゴは立ち上がった。
「お前らだけ楽しむのはずるいぞ、俺も混ぜろ」
「それじゃあ、一対三でやりますか?」
「おお、かまわんぞ。じゃあ、作戦会議の時間をやるから、相談すると良い」
真ん中に立ったヴィゴは、足元に棒を立てるとにんまりと笑った。
「了解です。ちょっとだけ待ってください」
先ほどの壁際に寄った三人は、顔を寄せ合って相談を始めた。とは言っても、話しているのはロベリオとタドラで、時々レイが質問するのに二人が身振り手振りを交えながら説明していた。
「良し、これで行こう!」
「頑張ろうね!」
「期待してるぞ。ヴィゴに打ち込んでやれ!」
三人は、嬉しそうに右手に握った棒ごと上に突き上げて交差させた。
「よし!戦闘開始だぞ!」
ロベリオの声に、二人は真剣な顔で頷いた。
レイとタキスは知らなかったが。若竜三人組にルークまで加わっても、ヴィゴに一撃を加えるのは容易な事では無いのだ。
何しろヴィゴは、今のアルス皇子の棒術の師範役なのだ。それはつまり、この国一番の使い手を意味する。
中央で、三人は待っていたヴィゴの前に並んだ。
一礼して、タキスの開始の声が響くと同時に三人が動いた。
真ん中がロベリオ、ヴィゴから見て向かって右にタドラ、左がレイという布陣だ。
ヴィゴは下段に構えたままじっと動かない。
レイとタドラは少しずつ動いてヴィゴの視界から逃げようとする。
彼らの作戦を、ヴィゴは読み切っていた。しかし、あえてそれに乗ってやる。一気に打ちのめすのは簡単だが、三人がどう動くか見たかったのだ。
受けてくれる事を確信したロベリオが、タドラに目配せする。
ヴィゴの視界に見えるのはロベリオとタドラの二人だけで、今のレイは、完全にヴィゴの背後に回っている。
見えている二人が同時に打ち掛かって来て、二人の棒を一度に受ける。そのまま力任せに打ち返し、体勢を崩したところで目の前のロベリオに一気に迫る。
打ち込んだ一手は、勢いよく弾かれたが、ロベリオは顔をしかめて悲鳴を上げた。
「ヴィゴ、本気出し過ぎ!」
慌てたタドラが打ち込むのと、レイが視野の外から打ち込んだのも同時だった。
振り返りもせずに、タドラの棒を右手に持った棒で止め、開いた左手で打ち込んで来たレイの棒を見もせずに掴んだ。
「うわわ」
慌てたレイの声が響く。
しかし、握られたヴィゴの力が強過ぎて取り返せず、結局レイの棒はそのまま取られてしまった。
反動で尻餅をついたレイが呆気に取られていると、両手に棒を持ったヴィゴが振り返った。
「なんだもう終わりか?」
一瞬飛びかかりそうになったが、次の瞬間に弾き飛ばされる自分の姿が見えて動けなかった。
「ヴィゴ、凄過ぎです!全然勝負にならないよ」
叫んだレイの言葉に、ヴィゴが笑った。
苦笑いしたロベリオとタドラも棒を下ろし、立ち上がったレイに棒を返して全員で一礼する。
緊張のあまり三人は汗びっしょりなのに、ヴィゴは汗一つかいていなかった。
「負けちゃったけど、ここまで完敗だと悔しくも無いよ」
タキスにもらった布で汗を拭きながら、ガンディの診察を受ける満面の笑みのレイは、キラキラと輝くような瞳でヴィゴを見ていた。
いつかあんな風に揺るぎない強さを手に入れるんだ。
この時、レイは始めて、目標となる憧れの人物を見つけたのだった。
汗をかいた若者組はそれぞれに軽く湯を使い、着替えてから最初にお茶を飲んだ応接室に集まった。
この部屋からも庭の竜達が見える。彼らも、興味津々で部屋を交代で覗き込んでいる。
「今日は体調は大丈夫だったね」
「でもいっぱい汗はかいただろ? それで良いんだよ」
「そうそう、昨日みたいに急に動けなくなるのは最初だけで、後は汗をかく量が普段よりも多いのと、息が切れやすいくらいかな?」
ロベリオとタドラの言葉に、昨夜詳しく師匠から話を聞いていたタキスも頷いた。
「でも、まだしばらくは用心が必要だそうですから、もし、息が苦しかったり痛みがあったりしたら絶対に言ってください」
真剣な顔のタキスに、レイはお茶を飲む手を止めて、タキスの方を向いて頷いた。
「約束します。絶対隠したりしません」
「よろしい」
真剣な二人のやり取りを、四人は面白そうに見ていた。
「夕食まで間がありますので、これをどうぞ」
各自の目の前に置かれた皿を見て、レイが歓声を上げた。
それは、ニコスが作ってくれたのと同じような、ふわふわのパンケーキだった。
3段重ねのパンケーキの上に、真っ白なクリームと見たことのない黒い液がかかっている。
パンケーキの横には、見た事の無い果物が綺麗に切って飾られていた。
「あはは、さっき俺たちが言ってたのを聞かれてたみたいだね。ありがとう、美味しそうだね」
出してくれた執事の男性に声をかけると、レイを見て笑った。
「気にせず好きに食べて良いぞ」
ところが、頷いたレイが綺麗に両手でナイフとフォークを持つのを、竜騎士達は驚いたように見ていた。
昨夜の夕食は、恐らくマナーなど知らないであろうレイを気遣った使用人達の配慮で、立食式の手でつまめる物ばかりの食事だったのだ。
しかし朝食の席で、少なくともレイがナイフとフォークを使える事を確認した執事は、パンケーキ程度なら食べられるだろうと判断したのだった。
重なったパンケーキを、一気に真ん中から半分に切り分ける。
「えっと、この黒いソースは何ですか?」
側に控えていた執事に質問する。
「チョコレートソースです。南方のカカオという木の実から作ります。甘いですから、そのクリームと一緒にケーキにつけてお召し上がりください」
頷いたレイが、重なったパンケーキを綺麗に一口サイズに切り取って口に入れた。
目を見開いて、嬉しそうにタキスを見た。タキスも一切れ食べてみる。
「これは美味しいですね。チョコレートは私も久し振りに食べました」
「何それずるい! 僕は初めて食べるよ」
もう一口食べたレイが、口元にチョコソースをつけたまま叫んだ。
「レイ、ここにチョコが付いてますよ」
タキスが笑いながら自分の口元を指差し、慌てたレイはきちんと俯いて手元の布で口元を拭いた。
「へえ、ちゃんと最低限のマナーは知ってるんだ」
「ナイフとフォークを使えるだけでも驚きなのにね」
「マイリーに言っておこう。一体誰に習ったんだ?」
当然三人の視線はタキスに向く。
「森で一緒に暮らしている竜人のニコスは、元は貴族の館で教育係のような事をしていたそうですよ。なので、マナーは彼から勉強中です」
納得した様に頷く三人だったが、側にいた執事の男性は一瞬驚いた表情をした。すぐにその表情は隠されてしまったが、何か言いたげにタキスを見て、躊躇った後、彼はそのまま下がった。
あっという間にパンケーキを完食し、おかわりのお茶を飲んでいた時、レイの肩にシルフが現れて座った。
『ずいぶんと楽しそうだな』
「あ、ブルー! 具合はどう? もう元気になった?」
嬉しそうに肩のシルフに話しかける。
『うむ、この湖も中々に良い水だな。ぐっすり休んだおかげで、かなり回復したな。あと数日あれば、霊鱗も完全に元に戻る』
「それは良かった。レイルズはしっかりお守りしております故、どうぞゆっくり休まれよ」
ヴィゴの言葉にシルフが頷く。
『そうだな、明日には顔を出す故、しっかりレイも休むのだぞ』
ブルーの代わりに、シルフがレイの頬にキスをして、くるりと回っていなくなった。
「良かった。ラピスも順調に回復してるみたいだな」
「確かに、あの霊鱗は凄かったもんな」
ロベリオとタドラの声に、レイが不思議そうに聞いた。
「霊鱗って何?」
「それは……」
あれ?もしかして言っちゃいけなかったか?
二人はしばしの沈黙の後、ヴィゴとタキスを見た。
レイもタキスを見る。
頷いたタキスは、竜騎士達から聞いた事をレイに話した。
霊鱗の意味、そして、あの時のレイがどれだけ危険な状態だったか、また、蒼竜が竜騎士達でさえ驚く程の大きさの霊鱗を多数彼らに預けてくれた事。浄化処置がどれほど困難で、彼らに負担をかけたかをゆっくりと語って聞かせた。
黙って聞いていたレイは、全部聞き終わった後、俯いて顔を覆った。
泣き出すんじゃないかと周りは慌てたが、レイはしばらくすると顔を上げた。
「シルフ、ブルーを呼んでくれる」
現れたシルフが頷き、ブルーの声で答えた。
『急にどうした、何かあったか?』
「ブルー、僕が倒れてた間の事聞いたよ。命とも言える霊鱗を貸してくれてありがとう、ブルーのお陰で助かったんだね」
『気にする事は無い。元を正せば病の原因は我と共にいたからなのだからな』
「それでも、何度でもお礼を言うよ。ありがとうブルー、ここに連れて来てくれて、ここの人達を信用してくれて」
『大切な我が主の一大事に、躊躇うことなど有りはせぬ』
嬉しそうにシルフにキスすると、シルフもキスを返していなくなった。
「竜騎士の皆さんにもお礼を。僕を助けてくれてありがとうございます」
改めて言われて、ヴィゴたちも居住まいを正した。
「本当に、浄化処置が間に合って良かったよ。改めてよろしくな」
照れた様に言うロベリオの声に、皆笑った。
いつの間にか、大人びた事を言う様になったレイを見て、タキスは、あふれる涙を堪える事が出来なかった。




