一日の終わり
「はあ、やっと終わったみたいだ。ううん、何にもしていないのに疲れたよう」
今日の訓練の終了を告げる撤収のラッパの音を聞きながら、そう呟いたレイは思わず安堵のため息を吐いた。
その呟きが聞こえてレイを振り返ったグッドマン大尉は、レイの手元の手帳にびっしりと書かれた文字を見て感心している。
「おう、お疲れさん。案外真面目に見ていたみたいだなあ。いやあ、噂に違わず優秀だねえ」
からかうようにそう言って笑ったグッドマン大尉も、一つため息を吐いて鞍上で大きく伸びをした。
「長かった遠征訓練も、これで一区切りだな。どうだったよ。初めての遠征訓練の感想は?」
グッドマン大尉のその言葉に、手帳をベルトの小物入れに入れたレイは驚いて顔を上げた。
「えっと、すっごく勉強になりました。でも確か、日程はまだ後一日ありますよね?」
すると、グッドマン大尉はレイを見てにんまりと笑った。
「ええ? お前さん、最終日に何があるか聞いていないのか?」
「いえ、時に何も聞いていませんが……あ! 何か、特別な訓練でもあるんでしょうか?」
目を輝かせるレイの質問に、グッドマン大尉が大きく吹き出す。
「特別な訓練ねえ。確かにあれも特別と言えば特別だよな。まあ、明日を楽しみにしておけ。活躍を期待してるからな」
「はい、頑張ります!」
何があるのかは分からないが、活躍を期待されているのなら、自分に出来る事を精一杯やるだけだ。
胸を張って答えたレイを見て、何故かグッドマン大尉はまた吹き出して楽しそうに笑っていた。
「お疲れ様でした。今日はいかがでしたか?」
ひとまず部隊の皆と一緒にテントまで戻って来たレイを見て、留守番役だったラスティが出迎えてくれる。
「はあい、ただいま戻りました。えっと、今日も一日中見学だったからちょっと腰が痛いです」
笑って軽く腕から腰の辺りを伸ばしながらそう答えて、用意してくれていたゼクスの為の水桶を受け取る。
「ありがとうラスティ。ゼクス、お水だよ。はいどうぞ」
ゼクスに水を飲ませている間に鞍や手綱を手早く外し、全身を絞った布で拭ってから、柔らかいブラシを軽くかけてやる。
「ゼクスの尻尾は長くて綺麗だね。いつも僕を乗せてくれてありがとうね。これからもよろしくね」
細かく鋭い牙が並ぶ大きな口元に怖がりもせずに手を差し出したレイは、ゼクスに優しく話しかけながら何度も額や首元のあたりを撫でてやる。
水を飲み終えてご機嫌なゼクスは、嬉しそうにレイの手に甘えるように額を擦り付けてから甘噛みした。
普段は、夜は鞍や手綱は外したままなのだが、この遠征訓練の間はいつでも即座に出撃出来るようにしておくように指示されているので、ブラシが終わればまた外してあった鞍や手綱を順番に取り付けていく。慣れているゼクスは、レイがベルトを締める間も嫌がりもせずに大人しくしてくれている。
「はい、これでいいよ。遠征訓練も後ちょっとだから、窮屈だろうけどもうちょっとだけ我慢してね」
最後に首に抱きつくようにしてそっとキスを贈ってから、自分のテントへ戻った。
「ええと、これだね」
リュックから取り出したのは大きめのノートで、まずは今日のメモを見てこのノートに要点をまとめておくためだ。
「じゃあ、ちょっと寒そうだけど外で書こうかな」
狭いテントの屋根を見上げたレイは小さくそう呟き、敷布と、寝る時に寝袋と一緒に使っている薄手の毛布を手にテントの外へ出た。
「ちょっと暗いね。光の精霊さん、明かりをお願いします」
テントの横に敷布を敷いてからそこに座って毛布を羽織ったレイは、膝の上に置いたノートに向かって小さな声でそう話しかけた。
ペンダントから光の精霊達が現れて、レイの周りに集まりいつもよりも小さめな光を放ってくれた。
しかし主に手元の辺りを照らしてくれているので、逆に眩しすぎずにちょうど良い明るさだ。
「ありがとうね」
笑ってノートの端にいる光の精霊をそっと撫でてやったレイは、手帳を取り出して真剣な様子でノートに今日の気付いた事や疑問点などをまとめて行った。
「へえ、すっげえ。これってもしかして、光の精霊ってやつですか?」
良い香りとラスク少尉の驚くような声に書いていた手を止めたレイは、笑顔で頷く。
そこにいたのは、二枚のトレーを持ったラスク少尉だった。後ろには他の少尉達の顔も見える。どうやらレイの分も夕食をもらって来てくれたみたいだ。ノートと手帳を重ねて後ろに置いてから万年筆は胸ポケットへ戻す。
「そうだよ。この子達が光の精霊。お願いすれば、こうやって明かりをくれるんだ」
「へえ、そりゃあすげえ。話には聞いた事がありますが、実際に見るのは初めてっす。なんとも優しくて綺麗な光っすね」
当然のようにレイの隣に座ったラスク少尉は、そう言いながら持っていたトレーを一つレイの目の前に差し出す。
「はい、今日の夕食っすよ。これは数あるメニューの中でもどこの部隊で作っても美味いって評判の、じゃがいもとベーコンのチーズ焼き。こっちはいつもの堅パン。スープはまあいつも通りっすね」
真ん中の大きなお皿には、豪快というか適当感満載で山盛りに盛り付けされた、溶けたチーズをまとったじゃがいもとベーコンが存在感を主張している。茹でたリコリも一緒に盛り付けされている。
「うん、ありがとう。確かに美味しそうだね」
ラスティが淹れたてのカナエ草のお茶と水筒を持って来てくれたのでお礼を言って受け取り、少尉達と並んで夕食を食べたのだった。




