大乱闘と捕虜の確保
「くっそ、このままで済むと思うなよ。俺を馬鹿にした事を思い知らせてやる」
暗闇の中を中隊の兵士達と共にゆっくりと進むアーク少尉は、苦々しげにそう呟くとまだまだ遠いが、篝火の灯りに照らされた兵士達が、賑やかに食事を終えて団欒している様子が見えて密かににんまりと笑った。
「油断してやがる。訓練では夜襲は来ないと思っているんだろうが、そうは行くか」
一応、今期の夜襲については向こうの総大将であるオッターグル少佐の許可を得ている。
やれるものならやってみるといい。
ウィンデル大尉に願い出て、オッターグル少佐に許可を求めに行ってもらったところ少佐にそう言われたそうだ。
先行している歩兵達が、何人かの見張り役の兵士を倒して退場させ幾つかの篝火を予定通りに消す事に成功した。
しかし、相手もそこでどうやら気がついたらしく慌てふためく様子が確認出来て、アーク少尉は立ち上がって指で一気に前進するように兵士達に指示を出す。
気付かれてしまってはもう隠れて行動する意味は無い。ここからは時間との勝負になる。
一斉に駆け出した兵士達と一緒に、アーク少尉も一気に駆け出した。
目指すのはただ一人。暗くても目立つ、真っ赤な赤毛の大柄な竜騎士見習いの制服を着たレイだ。
「よし、じゃあせっかく夜這いに来てくれたんだから、手厚くもてなして差し上げないとね!」
レイの言葉に仲間の兵士達は大喜びで集まり、レイを中心にして大きく円陣を組む。当然だが、この場の指揮官であるレイを絶対に守らなければならないからだ。
「大丈夫だよ。取り囲まれそうになったら僕はまた自力で逃げるからさ」
にんまりと笑ったレイの言葉に、あちこちから吹き出す音が聞こえてやや軽装だった重装歩兵達が円陣から外れて別に陣を組む。
騎兵達は笑って同じく円陣から外れて、自分達の騎竜のところへ走った。
その結果、レイの周りにはラスク少尉とリム少尉の率いる歩兵達が残った。
「で、どうします?」
「もちろん、これで歓迎だよ」
満面の笑みのレイが、目の前に拳を上げて見せるとラスク少尉とリム少尉もこれ以上ないくらいの笑顔になる。
「ですよねえ。やっぱそうこなくちゃ!」
その時、襲撃して来た兵士達の中でも足の速い兵士達が一気に駆け込んで来てその場は大乱闘になった。
レイも、掴みかかってくる兵士達を一応加減はしつつも豪快に殴り飛ばし、殴りかかってくる兵士の腕を掴んでこれまた豪快に投げ飛ばしていた。
「レイルズ〜〜〜!」
その時、ようやく到着したアーク少尉が息を切らしつつもこっちへ殴りかかってくるのが見えて、レイはまたしてもこれ以上無いくらいの笑顔になる。
「待ってました〜〜〜!」
大声でそう叫んで、殴りかかって来た拳を軽々と避けて左の拳を下から腹めがけて叩き込んだ。
まさか避けられると思っていなかったらしいアーク少尉の拳が空を切る。そして大きく体勢を崩した彼はレイの拳を避けられなかった。
「ゲフッ!」
「あ、ごめんなさい」
まさかのまともに決まった一撃に、思わずレイが謝る。
レイと背中合わせになり、彼の背後を守っていたラスク少尉が思いっきり吹き出すのはほぼ同時だった。
「殴って来た相手に謝ってどうするよ!」
笑いながらも、掴みかかってくる兵士を思いっきり殴り飛ばす。
「ねえ、これ捕まえちゃったけど、もしかしてこれでもう終わり?」
戸惑うような声に振り返ると、まともに殴られたアーク少尉がレイに抱きつくみたいにして完全に気絶している。
「ギャハハ! 夜陰に紛れて襲撃して来て返り討ちにあうとか、間抜けすぎる!」
遠慮なく吹き出して大笑いしたラスク少尉は、その場で大きく手を打つと高々と拳を振り上げた。
「敵将を捕らえたぞ〜〜〜! お前らの負けだよ!」
その声に、第六中隊の兵士達が大喜びで復唱する。
あちこちから悲鳴が上がり、しかし殴り合いは止まらない。
「えっと……」
気絶したアーク少尉を抱き抱えたまま困っていると、何人もの兵士達がレイに襲い掛かってきた。
「アークを返してもらうぞ!」
どうやら少尉の階級章がついているので、彼らは第五中隊の少尉なのだろう。
「嫌です!」
笑って即答したレイは、左肩に確保したアーク少尉を投げ出すみたいにして担ぐと、そのまま一気に走って逃げたのだ。
目指すは、ここの本部がある大きな天幕だ。絶対にあそこまでは追いかけて来ないだろう。
「うわあ、待ってくれ〜〜〜!」
情けない悲鳴を上げた兵士達が、血相を変えて追いかけてくる。
さすがに人一人抱えて走るといつものような身軽さはないが、それでもレイの体格で全力疾走しているのを止められる兵士はそうはいない。
空いた右手で、前を邪魔しようとして回り込んでくる兵士を弾き飛ばしつつ、レイは声を上げて笑いながら本部の天幕目指して全力疾走していた。
「到着〜〜! 報告します! 捕虜を捕まえて来ました!」
当然外の騒ぎは心得ている本部の天幕にいた兵士達は、気絶したアーク少尉を抱えたままで嬉々として駆け込んできたレイの言葉に一斉に吹き出したのだった。
「ご苦労だったな。よし、ここまでだ」
レイが担いでいたアーク少尉を下ろしたところで奥にいたオッターグル少佐が指示を出すと、一人の兵士が天幕の外へ出て大きな音でラッパを吹き鳴らした。
それは戦いの終了を知らせる音で、それを聞いたあちこちからは歓喜の鬨の声と情けない悲鳴が聞こえてきて、レイも笑ってその場で拳を突き上げたのだった。
天幕の屋根の上では、ブルーのシルフとニコスのシルフ達が大喜びで手を叩き合い、どうなる事かと息を殺して成り行きを見守っていたシルフ達も、大喜びで集まって来て大はしゃぎで手を叩いたり輪になって踊ったりし始めていたのだった。




