本部にて
「マイリー様。ブレンウッドのバルテン男爵から荷物が届いております」
資料室へ行くつもりで立ち上がったところだったマイリーは、大きな荷物を抱えて事務所へ入って来た顔馴染みの事務員にそう声をかけられて、持っていた書類の束を一旦机の上に戻した。
「ああ、ご苦労様。悪いがこっちへ置いてもらえるか」
どう見ても置く場所の無い、机の横にある資料が積み上がったもう一台の机を見てから、マイリーは苦笑いして足元の空いた場所を示す。
「はい了解です。ですがいけませんよ。早急に片付けないと、荷物を足元に積み上げ始めるとすぐに身動きが取れなくなります」
机の上に積み上がった資料の束を見て呆れたようにそう言った事務員は、しかし言われた場所に大きな木箱を置くと小さく笑ってため息を吐いた。
「大丈夫だ。何処に何があるかは把握している」
平然とそう答えるマイリーを見て、もう一度呆れたようにため息を吐いて苦笑いをしつつ、受け取りの書類にサインをもらってからその事務員は一礼して自分の持ち場へ戻って行った。
「さて、今回お願いした分はどうなったのかな?」
早速釘抜きを使って木箱の蓋を開いたマイリーは、お願いしていた補助具の新しい関節の試作品の入った小箱を取り出してそっと撫でた。それから荷物と一緒に入っていた手紙を開けて読むと、満足そうに頷いてから取り出した小箱の上に置いた。
他にもいくつも入っていた同じような大きさの小箱を順番に取り出しては中身を確認していき、一通り確認し終えたところでもう一度満足そうに頷く。それから自分の従卒であるアーノックを呼んで、取り出した荷物をロッカのところへ先ほどの手紙と一緒に届けてもらうように頼んだ。
「かしこまりました。すぐに届けて参ります」
別の木箱の中に順番に小箱を入れたアーノックは、マイリーの指示通りにすぐに荷物をロッカのところへ持って行った。
それを見送ってから、改めて自分は資料室へ向かう。
「おう、ご苦労さん」
向かった先の資料室には先客がいて、ルークとカウリが既に資料を散らかしていたのだ。
「ああ、すみません。すぐに片付けます」
カウリが大急ぎで手前側のいつもマイリーが使っている方の机を片付ける。と言っても、奥側へそのまま資料を移動しただけなのだけれども。
「ああ、悪いな」
そう言いつつ、手にしていた書類を元の場所に戻しながら、また別の書類を取り出しては中身を確認しつつ机の上へ積み上げていく。
「ううん、資料整理担当のレイルズがいないと、さすがにちょっと散らかってきたなあ」
マイリーの呟きに、ルークとカウリが同時に吹き出す。
「まだあいつが帰って来るまでもうしばらくありますからねえ。少しは自分で片付けてくださいよ」
呆れたようなカウリの声に、肩をすくめたマイリーは置いてあった椅子に座って資料の確認を始めた。
「ところで、そのレイルズの様子はどうなんだ? もう、部隊指揮の訓練が始まっているんだろう?」
顔を上げたマイリーの声に、またルークが吹き出す。
「いやあ、あいつは本当に最高ですよ。部隊指揮でも大活躍だったみたいですねえ」
にんまりと笑ったルークの言葉に、マイリーが驚いたように目を瞬く。
「へえ、どの辺りが最高なのか、詳しく聞かせてもらおうじゃないか」
すると、ルークとカウリは顔を見合わせてにっこりと笑った。
「マイリー、この後の予定は?」
「夜には夜会の予定が入っているが、あれはお前らも参加だろう? それまではここで資料集めをする予定だったんだけどな? 何故だ?」
「だったら一旦休憩にして一緒に休憩室へ行きましょう。ロベリオ達とヴィゴももうすぐ戻ってくるので、休憩室でこの後予想以上に大活躍なレイルズの詳しい報告会をする予定なんですよね」
レイが、第六中隊の少尉達と手合わせをして意気投合したところまでは聞いているマイリーも、にんまりと笑って頷く。
「成る程。それは資料集めよりも重要だな。ぜひ参加させてもらおう」
同じくにんまりと笑ったマイリーの答えに、揃って吹き出した三人だった。
そして、ティミーと一緒に戻って来たロベリオ達や、別件で城へ行っていたヴィゴも戻って来た休憩室では、バルテン男爵が届けてくれた緑の跳ね馬亭の秋の新作の焼き菓子の栗と胡桃のタルトが振る舞われた。
「これ、美味しいですけどレイルズ様がお戻りになられたら、新作の焼き菓子を食べ損なった事を嘆きそうですね」
皆よりも一回りだけ小さめにカットしてもらったタルトを頬張りながら、ティミーがそう言って笑う。
「我々も間違いなくそう仰られるだろうと思って、レイルズ様が戻るのに合わせて、もう一回至急送ってくださるようにバルテン男爵に早々にお願いいたしました。ですので、どうぞこの場は遠慮なくお召し上がりください」
「そうなんですね。では遠慮なくいただきます!」
にっこりと笑ったヘルガーの言葉にティミーも笑顔で返すと、小さなタルトをナイフで更に小さく切って、嬉しそうに口に入れたのだった。
お菓子を楽しんだ後は、ルークが話すレイの遠征訓練での部隊同士の戦いの際に、レイが大張り切りで走って逃げ回って全員から逃げおおせた話や、まさかの重装歩兵を騎兵で最前線まで速攻で運んで圧勝した大活躍の話を聞き、その場は拍手と笑いに包まれたのだった。




