手合わせ
案内された部屋は、床が木製の天井の高い広い部屋だった。
森の家の運動部屋と同じ様な作りで、壁に色々な棒や模擬の剣が置かれていた。
大きな窓からは、庭の竜達が見える。主達が部屋に入って来た事に気付いた竜達が、首を伸ばして窓から中をのぞきこんでいて、それに気付いた竜騎士達も、皆それぞれに竜達に手を振っていた。
「さてと、まずは準備運動だぞ」
ガンディの声に頷き、準備を始めた。
剣帯を外し上着を脱いで、後から部屋に入って来た第二部隊の兵士達にそれらを渡した。
準備を整えたタドラが、レイの横に来た。
「ほら、準備運動始めるよ」
レイの服装は、ニコスが作ってくれた軽い夏の動きやすい服だから、返事をして、そのまま床に座ってまずは柔軟から始めた。
「それで、どういう組み合わせで行くんだ」
マイリーの声に、四人は顔を見合わせる。大人組は見物するつもりらしく、準備をしたのは若竜三人組とレイの合計四人だけだ。
「まずは一対一かな。出来そうなら、後で二対二でもやってみても良いかもね」
ロベリオの声に、二人が口を揃えて言った。
「せっかくだから、レイとやりたいよ!」
「ずるい!俺がやる!」
「そんなの、俺だってやりたいに決まってるだろ!」
思わずロベリオも叫ぶ。三人が苦笑いしてどうするか相談しようとしたら、当然のようにレイが言った。
「え?僕も三人とするつもりだったけど?」
その言葉に、大人組が同時に吹き出した。
「すみません、怖いもの知らずで……」
思わずタキスが謝ったが、マイリーは笑って首を振った。
「それならこうしよう。ああすまないが、そこのくじを取ってくれるか」
壁際に立ち、待機していた第二部隊の兵士に、戸棚に置いてあった器に入った棒の束を持って来てもらう。
「お前ら三人の順番を決めろ」
頷いた三人が、一本ずつ棒を引く。棒の先には数字が書いてあった。
「俺は……8番。あ、良い番号かも」
ロベリオが、自分の棒を見て読み上げる。
「僕のは30」
タドラが残念そうにため息と一緒に読み上げる。
「あ!俺は11……って事は、一番はロベリオだな。最後はタドラ!」
ユージンが、自分の棒を兵士に返しながら確認した。
「よし! よろしく!」
腕を回しながら、ロベリオが真ん中に進み出る。レイも頷いて真ん中に出た。
「よろしくお願いします」
お互いに向かい合って一礼する。身長はロベリオが少し高い程度で、殆ど変わらない。しかし、体格はまだ鍛えているとは言っても、レイは成長途中といった感じだった。
マイリーが審判役を買って出てくれて、二人の横に立った。
実は、一番近くで見たかっただけだったりする。親友の思惑に気付いたヴィゴは、出遅れた事をこっそり悔やんでいた。
腰を落としたレイの構えを見て、ヴィゴとガンディが感心したように頷き、身を乗り出す。
ロベリオも嬉しそうに笑うと、レイの目を見ながら指で手招きする。
「来いよ! 受けてやるからさ!」
その瞬間、腰を落としたレイがロベリオに突進する、払われると思った取りに行った手を逆に掴まれて、レイが身体ごと捻るように逃げて腕を抜いた。そのままロベリオの肩に手をつき、一気に飛び上がって後ろに飛んで着地した。
驚いたロベリオが、心底嬉しそうな顔で振り返った。
「やるな、もう一度!」
今度は正面から組み合う。受けてくれると分かったので、変に誤魔化さずに組み合ってみたかったのだ。
組み合った両手が震える。
膠着状態になるかと思われたが、動いたのはロベリオの方が一瞬早かった。
不意に力を抜かれバランスを崩したレイが持ち直そうと顔を上げた瞬間、ロベリオが手を離してレイの手首を取った。
あっと思った時には、懐に入られそのまま投げられて床に叩きつけられた後だった。
「早い! 凄い! 今のどうやったの!」
叩きつけられた瞬間に、転がって起き上がったレイは、満面の笑顔で、ロベリオの顔を見ながら叫んだ。
「おお、これは見事に投げたな」
「早かったですね」
ヴィゴの呟きに、タキスも感心したように同意した。
部屋の真ん中では、ロベリオにどうやって投げたのか、実演しながら教えてもらっているレイの姿があった。
「年下だって事もあるが、負けた相手に教えを請えるあの素直さは素晴らしいな」
「素直さは彼の長所ですよ。そして、教えた事の吸収も素晴らしいですよ」
我ながら親バカだな、と思いつつも、タキスは言わずにはいられなかった。
しかし、ヴィゴは笑わなかった。寧ろ感心したように頷いた。
「ロベリオは、三人の中では格闘術に優れた奴でね。あっけなく勝負がつくかと思っていたが、思った以上にレイルズも頑張ったな」
一旦、休ませてレイに水を飲ませる。
「大丈夫だよ。早く次!」
急かすレイの肩を押さえて、ガンディがレイの服を捲って背中に怪我が無い事を確認する。
「よし、ちゃんと受け身を取っておるな。良いぞ、次!」
服を戻して、背を叩いてやる。
ユージンの元へ走った。
「お願いします!」
「よろしく! 掛かって来いよ!」
向かい合って一礼して構える。ユージンの声に、レイが頷く。
腰を落とした姿勢のまま、右から腕を取りに行く。 軽く躱されて手を叩き落とされた。そのまま横から押さえにかかる。しかし、動きを読まれてしまい、逆に捕まってしまった。
右手を逆手に取られ、逃げようとした所を足を引っ掛けて払われる。そのまま転んで横に逃げた。
「もう一度!」
マイリーの声に、改めて向かい合う。でも、構えるユージンに隙が全く見つからない。
「来ないなら、こっちから行くぞ」
一瞬の迷いがレイの動きを鈍らせる。あっという間に懐に入られて、またしても一気に投げられた。
「させるか!」
咄嗟に叫んで体を捻り、なんとか力技で足から落ちる。ユージンの肩を掴んでいたので、そのまま無理矢理投げの体制に入る。思わぬ反撃にユージンの体の軸がずれた。
「あ!」
そのまま一気に投げようとしたが、咄嗟に踏ん張られてバランスを崩した二人は、揃って雪崩れるように床に転がった。
「痛ったーい!」
「痛ったーい!」
二人同時の悲鳴が響いた。
「お前らなぁ……」
笑いをこらえたマイリーの言葉に、他の皆も我慢できずに吹き出した。
「結果的には引き分けだが、状況への咄嗟の対応力はレイルズの方が上手だったぞ」
「確かにそうですよね、最初の投げで決まったと思ったんだけどな」
苦笑いしながら悔しそうにそう言うと、ユージンは立ち上がってレイに手を貸した。
またしてもガンディのチェックを受けて、少し休憩してから、待っていてくれたタドラの元に走った。
「お待たせしました! よろしくお願いします!」
向かい合って一礼した後、構える。
「お、タドラと身長は同じくらいか」
「彼は、自分より小さい人としか今まで組んだ事が無いので、恐らく最初の二人は勝手が違ったでしょう。でも、彼なら或いは……」
ヴィゴの呟きに、タキスが答えた。
「タドラは、棒術は得意なのですが、格闘術はやや苦手意識があってね。さて、どうなるか」
「苦手?」
「ちょっとね……」
言葉を濁したヴィゴをちらりと見て、タキスは視線を戻した。
中央では、互いに睨み合ったまま互いの手を取ろうと、無言で伸ばした手を叩き合っている二人の姿があった。
レイは焦っていた。
タドラもまた、全くと言って良い程に隙が無い。
正面から睨み合っていると、突然足を払いに来た。
咄嗟に後ろに下がって避けた瞬間、そのまま飛びかかって来て押し倒された。
転がって逃げ、そのまままた飛びかかって行く。
互いに上手い位置を取れず、何度も転がっては組み直す。
何度目かの組み合いの途中で、突然レイの動きが止まった。
自分でも何が起こったのか分からず、バランスを崩して倒れそうになった。
「おっと、いきなりだな」
まるでそうなるのが分かっていたかのように、冷静なタドラが、片手で倒れてくるその身体を軽々と支えた。
それを見たガンディが飛び出して行く。慌ててタキスも駆け寄った。
完全に硬直した状態のレイを、タドラはそっと床に寝かせる。
「これも竜熱症の後遺症じゃから、心配はいらん」
駆け寄って来た医療兵から丸薬と水差しを受け取る。
「ほれ、もう落ち着いたろう。ゆっくりで良いからこれを飲みなさい」
タキスが抱き上げたレイの口元に、丸薬を持って行く。
小さく開いたレイの口に、丸薬を放り込むと先が細くなった水差しを咥えさせて、中に入っていたカナエ草のお茶で丸薬を飲み込ませた。
「何があったの?」
ようやく動けるようになったレイが、怯えたように呟く。
「竜熱症の後遺症だから、心配無いよ。これを無理矢理でもやらないと、またバランスが崩れて、下手したら竜熱症が再発するからね。しっかり汗をかいて運動するのが良いんだよ」
タドラが、背中を軽く叩いて教えてくれた。
大きく深呼吸したレイが、ゆっくりと立ち上がった。
「今のはどっちの勝ち?」
「まだ勝負はついて無いよ。もう一度やる?」
タドラの声に、レイは叫んだ。
「お願いします!」
喜んでもう一度組み合ったが、しかし結局、タドラにも投げられてしまったレイだった。
「お疲れさん。無理は禁物だからのう。今日はここまでにしておきなされ。明日は皆の予定は?」
ガンディの声に、マイリーが少し考えてヴィゴを見た。
「お前と、ロベリオ、タドラは来れるな。後は……難しいな」
「了解だ、それなら午前中は城で仕事をして、午後から三人で来る事にしよう」
「それなら何とかなるな。段取りしておくからよろしくな」
マイリーとヴィゴの間で、明日の予定が決まったようだ。
「レイルズ、早く帰りたい気持ちは分かるが、まだ帰るのは危険だ。ガンディが良いと判断するまではここに留まってもらうぞ」
マイリーの声に、レイは何度も頷いた。
ほんのしばらくだったが、完全に身体が動かなかったのだ。
あれは本当に怖かった。
まだ、竜熱症が完全に治った訳では無いと言われて、すぐに森に帰るのは諦めた。
「大丈夫かな、二人だけで」
心配そうなレイに、タキスは笑った。
「大丈夫ですよ。家にはブラウニーがいるのを忘れてるでしょう」
「でも、あの子達って働いてくれるのは新年だけじゃ無いの?」
タキスは笑って首を振った。
「違いますよ。今回みたいに緊急事態の時は、言わなくても助けてくれます。最低限、普段私たちがしている事は出来ない部分を手伝ってくれます。なので、普段からサボっていると、その程度しかしてくれません」
「それなら……」
レイの言葉にタキスは頷いた。
「真面目に仕事すれば、良い事あるでしょ? 帰ったらお礼を言いましょうね」
タキスにそう言われて、レイは嬉しそうに、また何度も頷いた。
「凄いや、石のお家!」
気軽に話しながら笑っている二人の横で、その話の内容についていけず、竜騎士達は言葉も無かった。
「ブラウニーがいるって、どんな家だよ」
「街では、どんな大豪邸でも聞いた事無いぞ」
呆気にとられて呟くユージンとロベリオの言葉に、皆、同じ事を思っていた。
どうやら、森の家の常識と世間の常識は、随分と違うみたいだった。




