それぞれの夜の一幕
「すごいなあ。なんて言ったらいいんだろう……そう、現場で叩き上げの出来る大人の人って感じがした」
ラスティとおやすみの挨拶をして寝袋に潜り込んだレイは、狭いテントを見上げながらしばらく考えていたが、不意に思いついたようにそう呟いて小さなため息を吐いた。
これは少し前に読んだ、オルベラート旅行記に出て来たとある人物の台詞そのままだ。
『ふむ、確かになかなかに良い男だったな』
レイの枕元に現れたブルーのシルフの言葉に、レイは嬉しそうに大きく頷く。
『だが、その良い男は少々飲み過ぎたようだな。テントで真っ赤な顔でうめいておるぞ』
「ええ、そんなの駄目だよ!」
驚いたレイが腹筋だけで起き上がりながらそう叫ぶ。
『どうやら、柄にもない話をしたので照れ隠しに少々飲みすぎたようだな。本人もそう言って頭を抱えているよ』
面白そうなその言葉に、小さく笑ったレイがブルーのシルフにそっとキスを贈る。
「ねえ、さっき僕にしてくれたあれ。あんなに強力なのじゃあなくて良いから、ラスク少尉にもお願い出来ないかな?」
驚くブルーのシルフに、レイは笑って肩をすくめた。
「ラスク少尉にとっては柄にもない話だったのかもしれないけど、僕はすごく勉強になったし為になった。彼と知り合えてよかったって思っているよ。だからその……これのお礼も兼ねて! 駄目かな?」
示したのは、先ほどラスク少尉からもらったスキットルのボトルだ。
『成る程な。了解した。では今すぐやるわけにはいかぬ故、後ほどあの者が眠ってから、二日酔いにならぬ程度に酔いを覚ましておいてやるとしよう』
「うん、それでいいよ。ありがとうね、ブルー」
優しい答えに嬉しそうに笑ってお礼を言ったレイは、一つ深呼吸をしてからまた横になった。
「明日はいよいよ、僕が指示を出すんだよ……本当に僕なんかに出来るかなあ……」
テントを見上げたまま、小さな声でそう呟く。
『大丈夫だよ。其方には我も、そして知識の精霊達もついておる。せっかくの機会だ。其方がここでも優秀なのだという事を周りに見せつけてやれ』
嬉しげにそう言ったブルーのシルフは、照れたように笑いつつもしっかりと頷くレイに、もう一度想いを込めたキスを贈った。
「じゃあもう寝るね。おやすみ、ブルー。知識の精霊さん達も、明日はよろしくね」
その呼びかけに、枕元に現れたニコスのシルフ達も揃って大きく頷いてくれた。
笑って目を閉じたレイが静かな寝息を立てるまでは、さほどの時間を必要としなかった。
一方、柄にもない真面目な話をしたせいで、照れ隠しに強いウイスキーを思っていた以上に飲んでしまったラスク少尉は、自分のテントに戻った後、寝袋を前にして頭を抱えていた。
「駄目だこれ、絶対に明日起きたら二日酔いになっているやつだ。うわあ、冗談じゃねえよ。いくらなんでもそれはまずいって」
情けなさそうにそう呟き、水筒の水を一気に飲み干す。
「はあ、水が美味い……うん、もうちょい水を貰ってこよう」
ため息と共に小さくそう呟いたラスク少尉は、空になった水筒を持ってゆっくりと立ち上がると、若干フラフラしつつも本部横にある大きなテントに向かった。
野営地の兵士達の料理を一手に引き受けている食事番と呼ばれる後方支援部隊のテントだ。
今回、この野営地がこの場所に張られているのは、ここには小さいながらも綺麗な水が湧く泉があるからで、当然、水を主に使う料理を作る食事番のテントが泉のすぐ横に張られているのだ。
翌朝の食事の準備を始めていた顔見知りの兵士に声をかけて、空になった水筒に水を入れてもらう。ここでもう一回しっかりと水を飲んで、もう一度追加の水を入れてもらってからテントへ戻った。
「はあ、もう寝よう。せめて軽い頭痛くらいで済んでくれるように精霊王にお願いしておくかな」
もう一度情けなさそうに呟いて大きなため息を吐いたラスク少尉は、よろよろとテントへ戻って寝袋に潜り込んだのだった。
しかし、穏やかな眠りはなかなか訪れてくれず、何度も寝返りをうっては大きなため息を吐いていた。
『いつになったら眠るのだ。全く世話の焼ける奴だ』
ラスク少尉の枕元では、彼が眠ったら回復するつもりで待ち構えていたブルーのシルフが、なかなか眠らないその様子を見て、呆れたようにそう呟いて短く刈り上げているラスク少尉の頭を後ろからこっそり蹴飛ばしたのだった。




