得意な事
「あ……有り得ない……」
「一体、何なんだよ。あの素早さ……」
「確かに、有り、得ない、よな……」
「あの、身長で、あの、素早さって……」
「おかしい! 絶対に、おかしいって!」
草の生えたなだらかな地面のあちこちにバタバタと倒れ込んだ敵役の兵士達が、息も絶え絶えになりながら地面に転がったままで首を振ったり、呆然と空を見上げたりしながら文句を言っている。
しかし、その顔は皆笑っていて、しばらくするとあちこちから笑いが起こっていたのだった。
「あはは、レイルズ様……すっげえ!」
「ギャハハ、俺、マジで、必死で走ったのに、全然追いつけなかった……」
「どんだけ、有能なんだよ……」
「駄目だ。もう、動けないって……あはは……すげえ……」
そして、レイが逃げ回る周囲に回り込み、団体でレイを取り囲もうとしていた敵役の兵士達の邪魔をして回っていた味方の第六中隊の兵士達も同じくらいに息が切れてしまい、これまたあちこちに転がっていて、もう双方ともにほとんど動けない有様になっていたのだった。
「いやあ、お見事。足も速そうだとは思ってたけど、あそこまで逃げ足が速いとは、さすがに思ってもいなかったよ。冗談抜きで、俺達の助けなんて全然いらなかったんじゃねえか? 放っておいても絶対に一人で余裕で逃げ切ってるぞ、あれ」
同じく草地に座り込んではいるが、それほど息を切らしていないラスク少尉が呆れたようにそう言って、袖口で汗を拭いながら乾いた笑いをこぼしていた。
「はあ、やった〜! 逃げ切ったぞ〜〜〜〜!」
そして当のレイは、息こそ多少は切れてはいるもののそれ程苦にする様子もなく平然とその場に立ったまま、周りに倒れている兵士達を見て嬉しそうに声を上げて笑い、大きく両手を上げて勝利の雄叫びを上げていたのだった。
「おいおい、本当にどうなってるんだよ。こっち側だけ完全に部隊ごと双方ともに全滅してるじゃないか」
呆れたようなグッドマン大尉の声に、振り返ったレイは得意げに胸を張って見せた。
「大丈夫です。グッドマン大尉。味方の兵士達はちょっと疲れているだけです!」
「おう、見ていたから状況は分かっているけどよ。それにしてもお前さん、本当にとんでもない奴だな」
「ええ、僕はただ逃げ回っていただけです」
「いや、だからあの人数を相手にして逃げ切れる方がおかしいんだって。なあ、そう思うよなあ」
わざとらしくそう言ったグッドマン大尉は、まだ座り込んでいるラスク少尉のところへ行き背中を叩いた。
「ですよねえ。色々おかしいですって」
力尽きた風のラスク少尉の言葉に、グッドマン大尉も何度も頷いている。
「僕、逃げるのは得意なんですよね」
笑って胸を張るレイの言葉に、苦笑いしつつも二人揃って拍手をしてくれた。
確かにあの身のこなしは、得意なんだと言っても誰も否定は出来ないだろう。
「ほら、いつまで座って休憩しているんだよ。そろそろ移動命令が出るぞ」
「了解っす。いやあ、久しぶりに、本気で走ったら、息が切れて切れて、冗談抜きで、窒息するかと思いましたよ」
「さすがにそれが死因は情けないなあ。俺はそんな報告書を書きたくないぞ」
「俺も嫌っす」
笑ったラスク少尉は、そう言って顔の前で手を振って大きく深呼吸をしてからゆっくりと立ち上がった。
「ほら、お前らも起きろって。移動だってよ」
「了解です」
笑いながら、周りに倒れている兵士達の腕を引いて助け起こし始める。
それを見たレイも、慌ててそれに倣った。
「えっと、この後ってどうなるんですか?」
近くに座り込んでいたリム少尉の腕を引っ張って立たせてやりながら、レイがそう尋ねる。
「ああ、移動命令が出たって事は、まずは団体戦の第一回は終了かな。いやあ、それにしてもお見事でしたね。レイルズ様の足には、羽が生えているんじゃあないかと割と本気で思いましたよ」
「あはは、もしもそうなら空を飛べたかもね」
以前、お城の図書館でそんな主人公のお話を読んだのを思い出して、レイは笑いながらその場で両手を翼のようにして羽ばたきながら軽々と飛び跳ねて見せた。
「あれだけ走り回って、まだそんな元気があるのかよ。十代の体力ってすげえなあ」
服についた枯れ草や埃を払い落としながら、それを見ていたラスク少尉は呆れたようにそう呟いて大きなため息を吐いたのだった。
双方ともに一旦撤収となったその後は、それぞれの本部近くにて兵種ごとに各部隊単位での進軍訓練を行い、その際にはレイはグッドマン大尉と一緒にラプトルに乗って移動したのだった。
とにかく、近くで見て指示の仕方や目の配り方を覚えろと言われて、レイはもう必死になって次々に飛ばされる指示を聞いていたのだった。
「お疲れさん。明日は中隊単位での部隊ごとの対戦だから、途中にはお前さんにも指揮に当たってもらうからそのつもりでな」
にっこりと笑ったグッドマン大尉にそう言われて思い切りのけぞってしまい、慌てたブルーのシルフや他のシルフ達に助けてもらって大丈夫だったが、バランスを崩しかけたレイは、もう少しでゼクスの背中から転がり落ちるところだった。
「あはは、助けてくれてありがとうね」
小さな声でシルフ達にお礼を言ったレイは、改めて鞍上で背筋を伸ばしてから密かに不安を押し殺したため息を吐いたのだった。




