休憩時間の終了!
「ラスティ! ゼクスを預かっててください! この後、僕も徒歩での参加なんだって!」
戻ってくるなり嬉々としてそう叫んだレイは、言葉通りにゼクスの背から飛び降りて駆け寄ってきてくれたラスティに手綱を渡すと、声をかける間も無く走って戻って行ってしまった。
「ええ、いきなり徒歩で行きますか。オッターグル少佐殿も、なかなかに無茶をなさる」
徒歩での訓練がいかに大変かを知るラスティは、苦笑いして預かったゼクスの首を軽く撫でてやり、まずは軽く拭いてやる為にテントの横まで引いて行った。
軍人とは言っても、ラスティは後方支援の兵士扱いとなるので、緊急時以外は基本的に本部となるここで待機となる。
特に今回の場合は、レイルズ自身の能力を見るために訓練に参加させている意味合いもあるので、一緒に参加して歩いた前半の行軍訓練とは違って、後半の合同訓練ではラスティが現場で手伝える事はほとんど無いのだ。
「現場でお手伝い出来ないのは悔しいですが、きっとレイルズ様の事ですから、私が思っている以上にしっかりやってくださるでしょうね。信じておりますが、どうか怪我だけは気をつけてくださいよ」
レイが走り去った方を振り返ったラスティは、小さくため息を吐いて苦笑いしながらそう呟いた。
「ただいま戻りました!」
「おお、早かったな。じゃあせいぜい頑張ってくれよな。そろそろ始まるぞ。それじゃあお前さんは、まずはラスク少尉のところへ行け。前線で実際の兵士達がどんなふうに動くのか、見て来ると良い」
「はい、了解しました!」
直立したレイの返事に、グッドマン大尉はお手本のような綺麗な敬礼を返してくれた。
「それから、敵兵と接触した場合に、もしもカードだけで勝負がつかなかった場合のみ、拳の対決になる事もあるから気をつけろよ、まあ、お前さんなら大丈夫だろうけれどな」
言っていたようにラプトルには乗らず、他の兵士達と一緒に立って何か話をしていたグッドマン大尉の側へ駆け寄って行くと、振り返った大尉に、にっこりと笑ってそんな事を言われてしまった。
「ええ、カードで勝負がつかないって、どういう意味ですか?」
先ほど聞いた説明を聞く限り、勝敗がつかないなんて事は無いはずだ。それにそもそも、レイの持っている士官用のカードは強いのではなかったっけ?
不思議そうに自分のカードを思い出して首を傾げていると、満面の笑みになったグッドマン大尉は自分の持つカードを見せながら首を振った。
「先ほど言い忘れたが、このカードだって無敵というわけではない。多勢に無勢。という言葉を聞いた事は?」
「はい、知っています。大人数に対して少数では、いかに個々の力が高くて強くても敵対し難い、って意味です」
「よろしい。今お前さんが言った通りさ。そのカードは確かに強いけれど、一個小隊丸ごと連携を取って襲い掛かられたら負けるから逃げろよ。つまり、同時に十人以上の兵士から同時にカードを突きつけられたら、勝てなくなるんだよ。取り囲まれる前に逃げろよ。ほらもう始まるから行った行った」
打ち合わせもなしにいきなり始まると言われてしまい、レイは慌てて周囲を見回した。
確かに、座り込んで食事をしていた兵士達は、もうほとんと食事を終えて立ち上がっている。
なんとなく数十人単位で集まっているように見えるので、あれが各小隊なのだろう。
今は、ほぼ両軍の兵士達ほぼ全員が広い草原の両端に近い場所まで下がっているので、開始の合図があれば午前中に見たように、また揃って進軍を開始するのだろう。
皆、右手にあのカードを持っているのに気づいて、レイも小物入れから自分のカードを取り出してしっかりと握った。分厚い紙で出来ているカードは、少しくらい力を入れて握っても破れる心配はなさそうだ。
「もしも僕がこのカードを落としたら、すぐに拾って届けてね」
目の前を退屈そうに飛んでいるシルフに小さな声でお願いしておく。これだけの大人数が一斉に動くのだから、何が起こるかなんて分からない。転んでしまう事だってあるかもしれないからだ。
『まかせてまかせて』
『拾ってあげるからね』
笑ったシルフ達が手を振り返してくれたのを見て笑顔になったレイは、小さく深呼吸をして、見つけたラスク少尉の近くへ駆け寄って行った。
「ラスク少尉、僕も徒歩での参加なんです。よろしくお願いしますね」
元気なその声に、振り返ったラスク少尉は苦笑いしながら少し離れた場所を指差した。
「おう、そりゃあ大変だ。指示が出たら俺達は即座に動きますから、ある程度は他の兵達と距離をとっておくようにすると良いっすよ。レイルズ様はあの辺でいいんじゃないっすか?」
「そうなんですね。ありがとうございます」
笑顔で頷き、素直に言われたところへ走っていく。
「おうおう、マジで徒歩でやらせる気かよ。あれ、敵兵役の下級兵士達に取り囲まれて、ボコボコにされるんじゃね? 大丈夫かねえ」
呆れたようなため息と共にそう呟き、それからにんまりと笑う。
「でもまあ、せっかくこんなとこまで来てるんだから、人生の先輩としては敗北も経験させてやらねえとな。カードだけで勝敗がつくのは、行儀の良いお子ちゃまの室内でのお遊びだけだぜ」
小さくそう呟いて肩を竦めると、自分のカードを胸のポケットに突っ込んで自分の小隊の兵士達にいくつか指示を飛ばしていった。
レイが立っているのは、ちょうどラスク少尉とリム少尉の率いる二つの小隊の間に位置する。
目を輝かせていつ始まるのだろうと言わんばかりに草原を見渡しているレイの右肩には、心配そうな顔をしたブルーのシルフが座っていたのだった。




