父の面影と精霊達の遊び
「えっと、僕の役割としては、グッドマン大尉の指示を聞いて、実際にどう動くかを第六中隊の小隊長達に指示するんだよね。今の場合だと……」
目の前でどんどん進む部隊の展開を必死で追いつつ、レイは小さな声でブツブツと呟きながら頭の中で必死になって自分ならどうするかを考えていた。
『主様ならどうする?』
不意に目の前にニコスのシルフが現れて話しかけて来た。
今までほとんど黙ったままで何も教えてくれなかったが、どうやらそろそろ彼女達の出番らしい。
「えっと、もし今の状態で僕が指揮を交代するとしたら……」
時折目の前の現場を指差しながら、レイは自分が考えていた事をニコスのシルフ達に説明を始めた。
彼女達は真剣な顔で時折頷きながら、慣れずに辿々しい様子のレイの説明をしっかりと聞いてくれた。
『うん、考え方はそれで良いと思うよ。だけどそれだと左側面の守りが薄くなるね』
『正面からも守りの考え方はそれで良いと思うけれど』
『常に一方方向だけではなく多方面に目を配らないとね』
『だからこの場合の指示の仕方はこうだね』
そう言って説明を始めた彼女達に合わせて、周りにいたシルフ達がまるで目の前の陣形を再現するかのように固まり、先ほど行ったレイの指示の通りに動き始めた。
そして、同じく集まってきた光の精霊達が、敵陣の動きを再現してシルフ達へと接近して行った。
もちろん、シルフ対ウィスプの対戦は、大はしゃぎをしながら手を叩き合う模擬戦だったので、とても楽しそうな戦いになってしまい緊張感は全くなかったが、その勝敗までが実際の現場にそっくりで、レイは途中から指示する事も忘れて、精霊達による目の前の戦いの再現に見入っていたのだった。
『ほら、何をぼんやりしておる。次の指示を出してやらねば、シルフ達が動けないぞ』
笑ったブルーのシルフの声が耳元で聞こえて、レイは慌てて自分の右肩を振り返った。
「ねえ、あれってブルーが指示してやらせているの?」
『まあ、お願い程度の事はしたがな。あれは純粋に彼女達が戦いの推移を其方に見せるために自発的に始めた事だよ。我も少々驚いておるわ。本来移り気な彼女達に、あのような組織だった動きが出来るとはな』
「そ、そうだよね……シルフ達って、移り気の代名詞みたいに、言われるくらい、なのに……さっきからずっと、彼女達は、陣形の再現を、し続けて、くれている、ね……」
呆然としながらのレイの呟きに、陣形の中から一人の光の精霊がふわりと飛んで来てレイの眼の前で手を振ってからその鼻先にキスを贈った。
『これは主様のお父上が教えてくれたんだよ』
『一緒に遊ぼうって言って』
『ブタイノテンカイのやり方を教えてくれた』
『実際に動く人の子を見て同じように動くやり方もね』
『テキとミカタに分かれて手を叩き合って遊ぶの』
『三つのブタイで遊ぶ事もあった』
『楽しかったんだよ』
『楽しかったんだよ』
『だけど途中から教えてくれなくなった』
『だからこれで遊ぶのは久し振り』
『久し振り久し振り』
最初の光の精霊達に続いてそう言いながら笑いさざめく光の精霊やシルフ達の言葉に、レイだけでなくブルーのシルフやニコスのシルフ達までが言葉を失って呆然としている。
「ねえ待って。今、今……僕の父上って、父上って言った?」
消え入りそうな小さな声で、レイがそう尋ねる。
手綱を握るその大きな手は、可哀想なくらいに震えていた。
すると、何人もの光の精霊達とシルフ達が、笑いながら手を振って頷いてくれた。
「父さん……」
レイは苦しそうに胸を押さえながら小さな声でそう呟く。
『我らは任意の記憶を共有出来る』
『なので中にはお父上を直接は知らない者もいるよ』
『だけど我は知っているよ』
『大好きだったからね』
先程の光の精霊が嬉しそうにそう言って、くるりと回ってもう一度レイの鼻先にキスを贈った。
「うん、ありがとうね。皆……父さんに負けないように頑張るから、見ていて、ね」
泣きそうな声でそう言ったレイは、一つ大きな深呼吸をしてから改めて背筋を伸ばして前方の部隊を見つめた。
その真剣な横顔を見て嬉しそうに笑ったブルーのシルフは、小さく指を鳴らした。
ごく軽い、ガラスが割れるような音がした直後に、一旦兵を引く指示と兵士達の鬨の声が響いてきたのだった。




