行軍訓練の始まり
「おはようございます。よろしくお願いします!」
「おう、おはようさん。昨夜はずいぶんと賑やかで楽しそうだったなあ。お前さん、あいつらを相手に意外に上手くやったみたいじゃあないか」
そう言いながら嬉しそうに笑ったグッドマン大尉にバシバシと背中を叩かれ、レイは情けない悲鳴を上げて朝からまたしても皆の笑いをとっていたのだった。
朝食の後、天幕に集合して今日の予定と簡単な陣の展開についての説明を聞いたレイは、テントに荷物を置いたまま早々にゼクスに乗って本陣を後にして草原へ出ていった。
そしてグッドマン大尉の指示の元、広い草原にあっという間に展開した一個大隊の兵士達をただ呆然と見ていることしか出来ないでいた。
草原のはるか向こうでは、同じように出て来て展開を始めている第五中隊をはじめとした敵方の部隊の姿が見える。
「って事は、向こうからもこっちが見えているって事で、陣を展開しているのも分かっている。となると、どこから来る? 守るか攻めるかでも陣形は大きく変わるよね……」
遮る物のほとんど無いなだらかな草原。多少の起伏や小さな林程度はあるが、歩兵中心の両部隊の兵士達なら、移動の妨げになる事はないだろう。
小さくそう呟きながら真剣な表情で辺りを見回し始めたレイの様子を、グッドマン大尉は嬉しそうに眺めていた。
ちなみに今回の訓練では、第六中隊以外にもこの合同訓練の為に国内各地から、第二部隊のいくつもの中隊や各小隊が集まって来ている。なので、レイの所属している側の兵士の総数は一個大隊に相当する。もちろん、敵役となる向こうも、ほぼ同じくらいの兵数がいるので、兵力的にはほぼ拮抗している状態だ。
今回、各部隊の中には第六中隊のような主に片手剣と小さな盾を装備した歩兵のみで構成された部隊だけでなく、機動力重視で槍や剣を装備しているラプトルに乗った騎竜隊や、弓やクロスボウなどを装備して遠距離攻撃を主な目的とする弓兵隊、槍と盾を装備した槍兵隊などがいる。
本来であれば主力の一つとして数えられる精霊魔法使いのみで構成される第四部隊だが、今回は後方支援のみの参加で、実際の戦闘訓練には参加していない。
目の前に展開された最初の陣形は、竜翼の陣と呼ばれる形で、竜が左右に大きく翼を広げて羽ばたいた時のような形をしている。
中央先頭に、巨大な盾を装備した重装歩兵。その左右に機動力重視の騎竜隊が展開している。
これは文字通り竜の翼が羽ばたくかの如くに前後に即座に移動して、左右からの攻撃にも対処出来るようになっている。
その後方に弓兵隊が展開して、別働隊の騎竜と歩兵の混成部隊が弓兵達の前方と左右を守っている。レイが指揮する第六中隊は、ここに配備されている。
その背後にあるのが、レイのいる中央司令部、いわば部隊の指揮官がいる心臓部だ。ここも盾を装備した歩兵が数多く配備されている。
そして、本来であれば後方からの攻撃を警戒して後詰めの殿の部隊がいるのだが、今回の訓練ではそれは省略されている。
主な指揮は、拡声の術を封じた小枝を使って行われるので、指揮官の声が直接前線にいる兵士達に届けられるのだ。
これは実際の戦場でも使われていて、特に混戦となった際には非常に有効な手段となる。
突撃するのか、撤退するのか、現状を死守するのか。目の前の事に対処するのが必死な下級兵士達にしてみれば、上官のそう言った具体的な指示がなければ、てんでバラバラな展開となり、結果ジリ貧になるだけだ。
だが、一番肝心の指示をしっかりと聞く事が出来れば、よく訓練された兵士達はその実力を遺憾無く発揮出来るのだ。
「まずはここで、部隊の展開と交戦した際の陣形の変化をしっかりと見ておきなさい。午後からは、場合によっては第六中隊の者達と一緒に行動してもらうかもしれんからそのつもりでな」
「えっと、彼らは歩兵ですが僕はこのままでいいんですか?」
今のレイはゼクスに乗っているので歩兵達とは機動力が違う。
「ああ、そうしていれば指揮官がここにいると敵方にも見えるからな。さあ、どうするか考えておきなさい」
草原の向こうからジリジリと進んでくる敵の一個大隊の姿が見えて、レイは小さく唾を飲み込んで手綱をしっかりと握りしめたのだった。




