一勝二敗
「よろしくお願いします」
目の前で鞘付きの片手剣を構える第三小隊のウェントス少尉は、小柄で細身な体格でレイとの身長差は軽く30セルテ以上は余裕であるだろう。
しかし、同じく鞘付きの剣を両手で構えたレイは、攻めあぐねて動けずにいる。ウェントス少尉には全くと言っていい程に構えに隙が無いのだ。
「どうした、来いよ。怖いのか?」
ぴたりと構えたまま、にんまりと笑ったウェントス少尉が空いている方の左手を上に向けてまるで煽るかのようにそう言ってゆっくりと指で招く。
ギリと唇を噛み締めたレイが、小さく息を吸って一気に前へ出た。
身長にものを言わせて、大きく振りかぶって上段から一気に打ち込みに行った。
「もらった」
その瞬間、ウェントス少尉の口から聞こえた声にレイは自分の失敗を悟った。
小柄な体格を生かして一気にがら空きになった懐へ飛び込んできた少尉は、手にした片手剣の上下を一瞬でひっくり返すと、柄の根元でレイの腹を力一杯突き込んだのだ。
「ゲフゥ!」
鳩尾にまともに一撃を食らったレイが、堪えきれずにその場に膝をつく。
我に返って転がって逃げようとした時には、片手剣が頬にぴたりと押し当てられていた。
「参りました」
膝をついたまま、一つため息を吐き剣を手放して両手を上げる。
ウェントス少尉が本気なら、ここでもレイは一瞬で首を刎ねられていただろう。いっそ清々しいほどの完敗だった。
「大丈夫ですか? 打ち込みが早すぎて、ちょっと加減が出来ませんでしたよ」
手を引いて立ち上がらせながら、ウェントス少尉が申し訳なさそうにそう言ってレイの顔を覗き込む。
「大丈夫ですよ。咄嗟に腹筋に力を入れて何とか凌ぎましたので内臓までは届いてません。でも多分、お腹の真ん中が痣になっていると思いますね」
立ち上がったレイは、お腹に手を当てながら苦笑いしてそう言いながら首を振る。
「おお、さすがですね。まあ、痣はあとで湿布でもしておいてください。では、人生の先輩からの助言を一つ。レイルズ様のような高身長の方が低身長の相手と対峙する際、先程のように上段からいきなり行くのは悪手中の悪手ですよ。懐ががら空きになりますので、今のように腹に飛び込まれてしまえば咄嗟に防ぎきれませんからね」
納得したように頷いたレイは、落ちていた剣を拾って身構えてみる。
「では、どうすれば良いと?」
「なに、簡単ですよ。真正面からまともに弾き飛ばせばいい。突きでも払いでもいい。腕の長さに差がある分、真正面から来られては絶対に小柄な方が押し負けますからね。ただし、ドワーフ達と打ち合う場合にはこの限りではありません」
笑った少尉がレイの前でもう一度構えてみせる。
「背が低いという事は、重心が低いという事でもあります。ドワーフ達は皆怪力の持ち主ですから、低身長にありがちなひ弱さはかけらもありません。レイルズ様のように大きな体格の方の場合、どうしても身長にものを言わせて先ほどのように上から攻撃しがちです。ですがそれが悪手であったのはもうご理解いただけたでしょう。この場合は同じく重心を低く保ち低い位置の少し上からの攻撃が有効です」
そう言って、自分の目線やや上の辺りに左手を水平に差し出す。
「成る程。僕の上段ではなく、相手の上段の位置を攻撃するわけですね」
納得したように、レイが軽く剣を振る。
「当然相手は受けに入りますから、同じように腹ががら空きになる。そこを足で蹴り飛ばすのが一番効果的でしょうね。大柄な奴にまともに蹴られれば、小柄な方に逃げる術はありません。ま、これは騎士の戦い方ではないかもしれませんけれどね」
苦笑いして肩を竦めるウェントス少尉の言葉に、レイは笑わなかった。
「いえ、貴重な助言感謝します。知識と技術はいくらあっても邪魔になりませんからね。実戦の場で有効な戦い方だと覚えておきます。ありがとうございました」
真顔でそう言って深々と一礼するレイを見て、やや仰け反ったウェントス少尉は破顔した。
「改めてよろしく。古竜の主殿。どうぞ存分に振り回してくれていいぜ。あんたの指示ならどこへでも行ってやるからな」
もう一度握手を交わして、互いに剣を軽く抜いてすぐに収めた。
二人の剣からミスリルの綺麗な火花が飛び、シルフ達が集まってきて大喜びしていた。
「ミスリルの火花にシルフ達が喜んで集まってきていますよ。打ち交わした時の感じが少し違うと思ったら、その剣、ミスリルだったんですね」
笑顔のレイの言葉に、シルフと聞いて何か見えないかと頭上を見上げていた少尉は、笑って持っていた剣をそっと差し出した。
「俺の親父が使っていた剣なんです。少し研ぎ減りがあるんですが、一番手に馴染んでいて手放せなくてね」
慌てて自分の剣を一旦剣帯に戻したレイは、両手で差し出された剣を受け取る。
笑顔で頷かれて、一礼してからそっと剣を引き抜いた。
紛う事なきミスリルの輝きがあふれ、シルフ達が大喜びで集まってくる。
「とてもバランスの良い、使い込まれた素晴らしい剣ですね。確かに少し研ぎ減りがあるように見えますが、大丈夫みたいですね」
レイの目には、シルフ達が大喜びでミスリルの剣に集まる様子が見えている。彼女達は剣の部分にキスをしてからそっと叩いて精霊の祝福を贈っている。
これは、ミスリルの剣の中でも特に優れた一振りだと理解しているからこそ、ここまで彼女達が反応しているのだ。
「そう言っていただけると、持ち主冥利につきます。何度もこいつには命を助けられましたからね」
鞘に収めて返された剣を受け取り、ウェントス少尉は照れたようにそう言って嬉しそうに笑った。
それから、レイも自分が持つ剣を渡して見せ、集まってきた他の少尉達とも剣の交換をした。
皆笑顔で、周りにいた兵士達も目を輝かせてそんな彼らの様子を見ていた。
「さて、最後になったが、せっかくだから俺はこっちでお願いしようかのう」
四人の小隊長の中では、一番大柄で横幅も大きいテネシー少尉が、にんまりと笑って剣帯を外して上着を脱ぐ。
そして腰を低くして両手を広げて構えるのを見て、目を輝かせたレイは大急ぎで剣帯を外して上着を脱いで地面に置いた。
「お願いします!」
同じく両手を広げてそう叫ぶと、テネシー少尉の前に進み出て腰を落として構えた。
周りで見ていた兵士達は、一斉に押し黙り真剣な様子で二人を見つめていたのだった。




