まずは親交を深めてみる?
「えっと、ここよろしいですか?」
夕食のお皿を両手に持ったレイの言葉に、その場に座っていた全員が驚いたように立ち上がりかけながら、ものすごい勢いで揃って振り返った。
「えっと……」
立ち上がりかけた体勢のままのその場にいた全員からの無言の大注目を浴びて、こんな時に何と言ったら良いのか全く分からないレイは、途方に暮れながらとりあえず小首を傾げて笑って見せたのだった。
ラスティと一緒に出来上がったと連絡をもらった夕食を取りに行ったレイは、テントへ戻ろうとしたところでにっこりと笑ったラスティに背中を叩かれ、そのまま小隊長達が座っている少し離れた別のテントが並ぶ方へそっと押し出された。
振り返ったが、ラスティはついて来てはくれないみたいなので、諦めて一人で向かった。
「ねえ、どうしたらいい? 僕、こんな時になんて言って話しかけたら良いのかなんて、正直全然分からないんだけど」
意識してゆっくり歩きながら、レイは自分の手首に並んで座っているニコスのシルフ達にごく小さな声でそう話しかけた
『分からない?』
笑ったニコスのシルフがそう尋ねる。
「全然分からないよ。ねえどうしたらいい? このままだと、僕、これを持ったままテントの側でずっと立ち尽くしていそうだよ」
今までのレイの経験では、ほぼ相手が何かを言ってくれて、それに応えると言う形でしか人付き合いをしたことがない。
一対一なら、挨拶から始めれば良いだろうが、既に小隊長達とは挨拶を交わしている。
しかし、かといって仲良くなったのかと考えると、答えは単に挨拶をしただけ。だ。
心底困っている様子のレイを見てニコスのシルフ達が優しく笑う。
『愛しき主様』
『大丈夫だよ』
『主様はもう知っているはず』
「ええ、そんな事言わずに教えてよ」
割と本気で泣きそうになっていると、苦笑いした一番大きなニコスのシルフがふわりと飛んでレイの目の前で留まった。
『それじゃあ主様に教えてあげる』
『まずは彼らの近くへ行ってこう言ってごらん』
『ここよろしいですか? ってね』
『どうぞって言われたら空いた場所に座ればいい』
『それでまずは一緒に食事をしてね』
『向こうから何か話しかけてくれれば』
『それに応えて良いよ』
『食事中だけど行儀作法は気にしないで良いからね』
『ほら! まずは輪の中に入らないとね』
『教えてあげるから行ってごらん』
ブルーのシルフまでが現れて笑顔で一緒になって頷いているのを見たレイは、小さくため息を吐いてから顔を上げた。
「分かった。じゃあ、行ってみるから教えてね」
ちょっとだけ震えている足には気づかない振りをして、レイはちょうど後ろ姿が見えた第一小隊のラスク少尉の少し後ろに立って一大決心をしてから口を開いた。
「えっと、ここよろしいですか?」と。
「お、おう。もちろん。ほら、お前ら場所を開けろ!」
振り返って固まっていたラスク少尉が一番最初に我に返り、慌てたように周りに座っている兵士達に言って場所を開けさせた。
バタバタと何人かが横に移動してくれてラスク少尉の隣に一人分の場所が開いた。
「ありがとうございます。失礼しますね」
無言で空いた場所を手で勧めてくれるラスク少尉にお礼を言って、レイは出来るだけ平然と開けてもらった場所に座った。
スプーンを突っ込んだ鶏肉と豆の煮込み料理の入ったお皿を気にせず地面に置き、パンの乗ったお皿をその横に置く。それから、いつものように手を組んで食前の祈りを捧げた。
「へえ、敬虔なんっすね」
ラスク少尉が、少しだけ呆れたみたいに祈りを終えたレイを横目で見ながらそう言ってちぎったパンを口に入れた。
「そうでしょうか? いつもお祈りしてからいただいているので、そんなふうに考えた事ありませんね」
レイにとって食前食後のお祈りは、当然の習慣であって今更深く考えるような事ではない。母さんも蒼の森のタキス達も、皆当たり前のようにお祈りをしていた。
だが、ここでは確かに日常的な食前食後のお祈りはしていない人もよく見かける。確かに、ガンディなんていつも食事の前には手を合わしているだけで、全くお祈りをしている様子は無かったと思う。
「砦じゃあ、そんな事してるやつほとんどいねえよな」
「だな。確かに見た事無い。さっさと食わないと、もたもたしていて食いっぱぐれたら洒落にならんって」
ラスク少尉の笑う声に、斜め向かいに座っていた第二小隊のリム少尉までがそう言って笑いながら何度も頷いている。
確かに、いつ、何が起こるか分からない砦では、オルダムの街とは考え方が違って当然なのかもしれない。そう考えたレイも笑って頷き、置いてあったお皿を手にして食べ始めた。
「うん、美味しい」
一口食べて嬉しそうにそう呟いたレイは、周り中からの密かな大注目を浴びつつも、まずは食べる事に専念したのだった。
そんな彼を見て、周りの兵士達も何か言いたげにしつつも、まずはそれぞれの食事を再開させたのだった。
早々に自分の分を食べ終えたラスク少尉は、隣に座って食事をしているレイをもうこっそりではなく堂々と眺めながら、ポケットから金属製の小さな水筒のような物を取り出して一口飲んだ。
「あれ、変わった形の水筒ですね」
ちょうど飲み込んだタイミングで口の中に物が無かったので、それに気付いたレイが思わず、といった感じで気安く話しかける。
「おう、これは精霊達が長い時をかけて作ってくれた、いわゆる良き水ってやつだよ。これを飲めば寿命が伸びるんだぞ」
大真面目に、まるでカウリのような口調でそう話すラスク少尉の言葉に、食べていた手を止めたレイが驚きに目を見開く。
「ええ、ラスク少尉は精霊が見えるんですか?」
思わずそう尋ねると、何故だかラスク少尉が大きく吹き出しその場は大爆笑になった。
「えっと……」
ラスク少尉を始めとした小隊長達だけでなく、一般兵達までもがほぼ全員大爆笑しているのを、レイは戸惑うように見ている事しか出来なかった。
だって、レイには彼らが何故急に笑いだしたのか、その理由がさっぱり分からなかったからだ。
『おやおや、やはりレイにはまだ初対面の人達と親睦を深めるのは難しかったかのう』
レイの頭の上に座ったブルーのシルフの呟きに、レイの肩に座っていたニコスのシルフ達が、笑って立ち上がって飛んで行き、座ったレイの膝の上へふわりと降り立った。
どうやら彼には、まだまだ経験してもらわなければならない事が山のようにあるみたいだ。
笑顔で頷き合った彼女達は、すがるような目で自分達を見つめているレイに笑顔で大きく頷き、そろって口を開いたのだった。




