彼らなりのやり方
「お疲れ様でした。顔合わせはいかがでしたか?」
ようやく会議が終わりひとまず自分のテントへ戻ったところで、苦笑いしたラスティが話しかけてくれた。
「えっと、うん……なんて言うか、凄い会議だったね。あれを会議と言って良いかどうかは、僕は、ちょっと微妙だと思うけど、確かに意見は活発に出ていたね」
何とも言えない顔をしたレイの答えに、ラスティは必死になって吹き出しそうになるのを堪えていた。
確か以前に、誰もが自由に発言出来るというのが良い会議なのだとマイリーから聞いた覚えがある。
そう思えば、今日の会議は良い会議だったのかも知れないが、とにかく、何から何までレイの常識では考えられないような会議だったのだ。
何しろ、小隊長達が大尉に向かってブーイングをしたかと思えば、肝心のブーイングされた方の大尉は怒りもせずに笑っていたし、その後の質問の際の小隊長達の言葉遣いも、どう考えても階級が上の者に対する言葉遣いでは無かったのだ。
だが、誰一人それを咎めない。
結局、思ったよりも時間のかかった会議が終わるまで、レイは目の前で繰り広げられるそれらをただただ呆然と見ている事しか出来なかった。
会議中にレイが発した言葉は、挨拶の時を除けば一度だけ、グッドマン大尉に、ここまでで何か分からない事はあるかと聞かれて、大丈夫ですと、答えた時だけだ。
軍内部では、階級の上下は絶対だと何度も聞いた覚えがあるが、ここでは違うのだろうか?
そうでも考えないと、先ほどの会議はレイの常識では理解不能になってしまう。
神妙な顔で眉間に皺を寄せて考え込むレイを見て、軽い咳払いをしたラスティがそっとレイの背中を叩いた。そしてそのままテントの横の草地に並んで座る。
「レイルズ様、ちょっと内緒の話をしましょうか。申し訳ありませんが、結界を張っていただけますか」
「え? う、うん、ちょっと待ってね」
顔を上げたレイが、慌てたようにそう答えた時、ブルーのシルフが現れてレイの右肩に座って軽く手を叩いた。
ごく軽い金属の擦れ合うような音がして一気に静かになる。
そろそろ辺りは薄暗くなってきているのだが、兵達のざわめきも、すぐ近くにある松明の炎が爆ぜる音さえも聞こえなくなった。
「ありがとうね。ブルー」
笑ったレイの言葉にブルーのシルフは得意げに胸を張った。
軽く咳払いをしたラスティは、隣に座ったレイを見て少し考えてから口を開いた。
「レイルズ様の率直なご意見をお聞かせください。先ほどの会議、どう思われましたか?」
横目にラスティを見て、それから自分の右肩を見たレイは小さなため息を吐いてそっと首を振った。
「えっと、正直に言うと、会議で聞いた話が頭に何にも残らないくらいにびっくりしました。だって……だって、今までルークやキルート、それから他の人達からも散々聞かされた事だよ。軍内部での階級の上下は絶対なんだって。それなのに……」
困ったように眉を寄せるレイの顔を正面から見てしまったラスティは、吹き出しそうになるのを必死になって腹筋に力を入れて堪えた。
それから横を向いてもう一度軽く咳払いをして、レイに改めて向き直る。
「ですが、レイルズ様。先ほどの会議でお気付きになられませんでしたか? 小隊長達は皆、例えばブーイングをする事はあっても、明日からの様々な役割分担を指示された際にも、文句こそ言え拒否や拒絶の言葉が一切無かった事に」
言い聞かせるようなラスティの言葉に、レイが目を見開く。
「あ……確かに、そうだね」
「はい、つまりそういう事なんです。小隊長達は、自分達に与えられた役割をしっかりと理解しています。その上での、いわば言いたいだけのブーイングなので、グッドマン大尉も平然と聞き流しておられるのですよ」
無言でコクコクと頷くレイを見て、ラスティも笑って頷く。
「今回はあくまでも訓練ですから、部隊同士が戦う場になっても基本的には誰も死にません。少なくともお互いに本気での殺し合いはしません。
ですが実際の戦場に立った際、最前線で戦う彼らは、陣取り盤上の駒では無く、感情のある、生きている人であるのだという事をどうかお忘れにならないでください」
「生きている、人……」
「はい、ですから当然感情があります。文句の一つも言いたくなるでしょう。自分の生死がかかっているのですからね。逆に言えば、信頼しあって一致団結した部隊というのは非常に強靭であり、非常時に大きな力を発揮します。
万一の襲撃の際、すぐに増援が来るのだと、絶対に大丈夫だと信じられれば少々不利な状況であっても団結して持ち堪えられるでしょう。ですが、不安に苛まれ疑心暗鬼になり、増援が来るのを信じられなくなればどうですか? 出処の分からない流言飛語にたやすく騙され、目の前の仲間でさえも信じられなくなればどうでしょう。きっと、あっけなく前線は崩壊するでしょうね」
真剣な顔で考え込むレイの横顔を、ラスティは優しい眼差して見つめていた。
「カウリ様がいつも仰っている、弱音や文句と同じですよ。言いたい事を言った方が気が楽になるのだという事を皆理解しているんです」
「へえ、面白いね。真面目にするだけがいい訳じゃあないんだ」
また何かを考えるように、眉間に皺を寄せつつ真剣に考え始める。
「では、そんなレイルズ様に一つ提案しましょう。もう間も無く夕食のお時間です。いつもは私と一緒に食べていますが、今夜は先ほど紹介された小隊長達の所へ行ってみられてはいかがですか? 良い機会ですから、食事をしながら少しお話をされるといいですよ。何なら食事の後には小隊長だけでなく、各小隊の下級兵士達とも言葉を交わしてみてください。きっと、色々な、レイルズ様の知らない世界を教えてくれると思いますよ」
ラスティの言葉に、驚いて目を見開いていたレイだったが、ようやくその言葉の意味を理解して満面の笑みになった。
「うん、じゃあやってみるね。ありがとうラスティ!」
何度も頷きつつ笑顔で立ち上がる。
ガラスが割れるような金属音がわずかに聞こえて、一気に周りの音が聞こえるようになった。
「ああ、湯気が上がっているから、確かにもうすぐ夕食の時間だね」
少し離れたところにある大きなテントからもうもうと湯気が上がっているのを見て、嬉しそうにそう言って大きく伸びをしたレイだった。
レイが立ち上がるのと同時に肩から頭の上へ移動したブルーのシルフは、ふわふわの赤毛に埋もれて苦笑いしつつ、遠くに見える小隊長達のいる方角を何か言いたげに眺めていたのだった。




