到着とこれからの事
「ほら、あそこがこれから五日間、俺達が寝ぐらにする場所だよ。見晴らしはいいから敵が少数であろうが、部隊丸ごとだろうが近づいて来りゃあすぐに分かる。ついでに言うと、向こうからもこっちは丸見えっだってこった。ほら、あっちに見えるのが向こうの陣地だ」
半日行軍を続けてようやく到着した自分達の野営地を見ていたレイは、慌ててグッドマン大尉が指差している方角を振り返った。
「ええ、何処ですか? ああ、本当だ、確かに遠いですけどあっちにも野営地が見えますね」
少し遠かったので、座っていた鞍から立ち上がるようにして、ようやくいくつかの天幕が並んでいるのが見えた。
この辺りは周囲に小さな林はいくつか点在しているが、比較的見晴らしの良い草地の平原になっていて、その平原の北側と南側の両端に、双方の部隊が陣を張っている状態だ。
「えっと、じゃあこの平原が戦場になるんですか?」
「まあ、そうだな。とりあえず、演習訓練が始まるのは明日の早朝六点鐘の鐘が鳴って以降だから、今夜は安心して寝ていられるぞ。ただし明日以降はどうなるかは、それこそ精霊王のみがご存じだろうさ」
豪快に笑ったグッドマン大尉の言葉に、到着と同時に始まるのだとばかり思っていたレイは驚きに目を見開いている。
「昼食の後は、簡単な打ち合わせをするから、あっちの一番大きな天幕へ集合だ。他の連中を紹介するからな。それと、今夜のうちに部隊の連中と親睦を深めてみる事だな。上手くいけば明日以降の仕事が楽になるぞ」
「分かりました。やってみます」
そんな簡単に兵士達と親睦を深めろと言われても、そもそも人付き合いそのものが初心者であるレイにとっては、それはかなり難易度の高い要求だ。
はっきり言って何をどうすればいいのか、どう考えても全くと言っていい程に分からず、レイは密かにパニックになっていたのだった。
しかし、そんなレイに構わず野営地に到着した部隊は、早速点呼をとって小隊別にそれぞれ用意されていた場所にテントを張るために解散していった。
何組かの小隊は、大尉の指示を受けてそのまま別の場所へ行ってしまったし、荷馬車を引いていた小隊は、それぞれ既に張られていた大きなテントへ向かい荷物を降ろし始めていた。
先行していた小隊が、ここに臨時の陣を張るための準備をすでにしてくれていたので、本部となる大きな天幕や、おそらく食事を作ってるのだろう別の大きなテントからは、もうもうと湯気が出ている真っ最中だった。
「レイルズ様、どうぞこちらへ。まずはテントを張ってしまいましょう」
呆然と周囲を見回していたレイは、ラスティの声にようやく我に返った。
「あ、うん、そうだね。先にテントを張って荷物を下ろさないとね。えっと、ゼクスはどうすればいいの?」
今までなら、本陣へ到着すれば騎獣担当の兵士がゼクスを連れていって面倒を見てくれていたのだが、ここにはいないのだろうか?
「レイルズ様。急襲がかかった時に、騎獣担当者を呼んでゼクスを探してもらえますか?」
「あ、そっか!」
「ここは砦や本陣と違って、いわば最前線という設定ですからね。何かあってもすぐに出撃出来るように、騎獣は基本的にそれぞれの士官が自分で管理しますね。もちろん、レイルズ様の場合は、私がゼクスのお世話をしますのでご安心を」
「ええ、僕も手伝うよ。ラプトルの世話なら分かってるからさ!」
「ああ、そうでしたね。では一緒にやりましょう」
笑って頷き合い、まずはそれぞれのテントを張る為に指定された場所へ向かったのだった。
まずは、大きめの桶を借りて来て、レイがウィンディーネに頼んで出してもらった水で二頭のラプトルの世話をしてから、各自のテントを張って荷物を放り込む。ちょうどそこで、食事の用意が出来たとの知らせをもらい、二人で昼食をもらいに行った。
「へえ、このビーフシチュー美味しい。お肉は干し肉を戻してあるみたいだけど、すごく柔らかくて美味しいね」
やや硬めの大きな丸パンをちぎりながら、レイが嬉しそうに目を細める。
「よかったですね。五日もお世話になる部隊の食事があまり良くなかったら、ちょっと頑張れる自信がありませんから」
「確かにそうだよね。僕も嬉しいです!」
行儀悪くちぎったパンの先をシチューにたっぷりと絡めてそのまま大きく口を開けて齧り付いた。
「本部の食堂でこんな事したら駄目だけど、ここでは良いよね?」
「まあ、そうですね。ここまで来て礼儀作法云々とお説教をするつもりはありませんよ」
笑ったラスティもそう言って、レイと同じようにちぎったパンをシチューに絡めて食べ始めた。
『さあ、いよいよだな。何かあったら教えてやる故、しっかりと頑張りなさい』
残りのシチューを最後のパンでこそげるようにして集めていたレイの肩に現れたブルーのシルフにそう言われて、パンを口に入れたレイは満面の笑みで大きく頷いたのだった。




