今すべき事と考え方
「えっと、それは……点呼を取るとか、そういうのじゃあなくて、だよね?」
やや上目遣いで小さな声で自信無さげにそう言ったレイの言葉に、ブルーのシルフは堪えきれずに吹き出した。
『まあ、確かにそれは大事な事だな。だが、それは別に指示せずとも彼らが自主的にやってくれるさ。なのでこの場合は、軍としてまずは何をすべきか。と、考えなさい。そして、答えは我ではなく、あっちへ聞いてごらん』
グッドマン大尉を指差しながら、優しく、言い聞かせるようなブルーのシルフの言葉に頷き、また真剣に考え始める。
「えっと、グッドマン大尉、ちょっとお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
ゆっくりと、ラプトルに乗ってレイの前を進んでいるグッドマン大尉にレイが話しかける。
「ああ、どうした?」
レイの呼びかけに、グッドマン大尉が驚いたように振り返ってラプトルを隣に並べてくれた。
「えっと、これから五日間、仮想敵役の部隊と戦うんですよね」
「ああ、そうだぞ。割と本気で攻めてくるから、遊び気分でいたら酷い目に会うから覚悟しとけよ」
「そ、そんな事しません。一生懸命しますので、どうかご指導ください!」
慌ててそう答えると大尉は笑って頷いてくれたので、レイがまた考え込む。
面白そうにしているグッドマン大尉は、しかし黙って考えるレイを見ているだけで、特に何も言わない。
「あの……」
「おう、なんでも良いから言ってみろ。聞いてやるぞ」
にんまりと笑ったグッドマン大尉の言葉に、意を決したレイが口を開く。
「今現在。周囲への偵察などは出さなくても良いのでしょうか?」
その言葉に満足そうに笑ったグッドマン大尉は、手帳に何かを書き込んでから笑顔で拍手をしてくれた。
「偵察、警戒。そう言った言葉がまず出れば正解だ。って事で、まずは何をすべきだと思う?」
「何って、まずは周囲への警戒と偵察。ですから……えっと、各部隊の具体的な役割についての資料はまだいただいていませんが、確か中隊ならそう言った偵察専門の班があったはずですので、その班に偵察に行ってもらうべきかと考えます」
「おお、よしよし。優秀だって話は聞いていたけど、なかなかやるじゃあないか」
嬉しそうにそう言ったグッドマン大尉は、また手帳に何かを書き込んでから側にいた兵士にいくつか指示を出した。
即座に敬礼したその兵士が離れていく。
「えっと、それの指示も僕がするんでしょうか?」
ルークから習った中には、日常的な偵察については少しだけ習ったが、行軍中の偵察となると、何をどうしたらいいのかさっぱり分からない。
少し考えてみたが、自分に出来るとは思えずに諦めて素直にそう答えると、何故だか誉められた。
「それはこっちがするから心配はいらないよ。ここでは、それに気付くかどうかが評価の対象だからな」
「ああ、そうなんですね。えっと、でもせっかくの機会ですから、行軍中だけで構いませんので、具体的にどんなふうにするのか教えていただけませんか」
目を輝かせるレイの言葉にグッドマン大尉は大喜びで、日常の偵察任務についてや、具体的なやり方など色々と教えてくれたのだった。
「えっと……この部隊は、基本的に得意としているのは砦にこもっての守りの戦法。それから、攻められてからの反撃の早さに定評があるんですよね。となると、例えば今のように行軍中にもしも奇襲襲撃をされたら、大混乱になるのではないでしょうか?」
他に聞きたい事はないかと聞かれ、一度周囲を見回してから遠慮がちに、しかしはっきりと言ったレイの言葉に何故かグッドマン大尉は嬉しそうだ。
「いいねいいね。さすがは古竜の主ってところだな。まあうちの部隊は優秀だから、どちらかと言えば守りが得意って程度であって、個々の能力は非常に高いからな。ちょいと小突かれたくらいなら、簡単に蹴散らせちまうから心配はいらないって」
顔の前で軽く手を振ってそう言われてしまい、そんなものかと納得したレイだった。
レイとグッドマン大尉の周りにいた兵士達が、素知らぬ顔で歩きつつも、二人の会話に必死になって聞き耳を立てていた事に気づいていないのは、この中ではレイだけだった。
ブルーのシルフは、少しヒントを出してやっただけで最短で正解に辿り着いたレイを見て、満足そうに何度も頷いていたのだった。
そしてブルーは周囲に密かに多数のシルフ達を飛ばし、仮想敵役の部隊の現在地まで完璧に把握していたのだった。
だが、今すぐにはそんな事は教えない。
素知らぬ顔でゼクスの頭の上からふわりと浮き上がると、レイの右肩に座って気まぐれに彼の頬を撫でたり、三つ編みを引っ張ったりして遊び始めたのだった。




