個人走破五日目の朝
『朝ですよ〜〜!』
『おはよう』
『おはよう』
『起きてくださ〜〜〜〜い!』
翌朝、いつものようにシルフ達に起こされたレイは、眠い目を擦りつつなんとか寝袋から這い出して起き上がった。
「ふああ、まだ眠いよ……」
欠伸をしながら、狭いテントの中でなんとか伸びをする。
『おはよう。吸い込まれそうな大きな欠伸だな』
その時、座ったレイの右肩にブルーのシルフが現れて、そう言って笑いながら彼の頬にキスを贈った。
「ああ、おはようブルー。えっと、今日のお天気は?」
『少し雲が多いが、雨は降らぬから安心しなさい。それよりもかなり冷え込んでいるから、体を冷やさぬようにな』
「そっか、もう十一の月になっているんだもん。寒くて当然だね。蒼の森だと、そろそろ庭の薬草園の葉っぱに霜が降り始める頃かな」
指を折って数えて納得する。
彼がこの遠征訓練に参加したのが十の月の二十五日。二日かけて最初の本陣に到着して、その翌日から個人走破の訓練が始まり、今日が五日目だ。目の前の事に夢中ですっかり日にちを数えるのを忘れていたが、気付けばとっくに十一の月に入っている。
「そろそろ朝晩はかなり冷え込んでくるからね。体調管理にも気をつけないとね。確かに、途中で汗をかいたりしたら、身体を冷やさないようにしないといけないよね」
そんな話をしながら、ゆっくりと軽い柔軟体操をして強張った身体を解していく。
その間に、ブルーはテントに溜まった朝露を綺麗に払って乾かしてくれた。
「ありがとうね。ブルー。濡れたテントを持ち歩かないで済むだけでも、荷物が軽くなって有り難いんだよ」
笑ったレイはそう言って、ブルーのシルフにそっとキスを贈った。
それからしばらくして、きちんと身支度を整えてからテントの外へ出た。
冬の早朝特有の、つんと冷えた朝の気配がする。
もう一度、今度は思いっきり腕を突き上げて身体全体を伸ばしてから、ゆっくりと深呼吸をしてその冷えた新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「おはようございます」
その声に笑顔で振り返ると、同じくすっかり身支度を整えたラスティがテントの横に立っていたのだ。
「おはようラスティ。えっと、体調はどうですか?」
「はい、ご心配おかけして申し訳ございませんでした。お陰様ですっかり元通りです。よければ朝練のお相手いたしますが、いかがなさいますか?」
「いいの! ぜひお願いします!」
マントと上着を脱ぎ、剣帯も外して身軽になったレイは、ラスティに相手をしてもらってまずは柔軟体操をしっかりとして身体を解して温めていった。
一通りの基礎運動を終えると、ラスティが借りてきてくれていたやや短めの棒を使って手合わせの相手をしてもらった。
前回は木剣、今回は棒だ。
だが予想通り、いや予想以上にラスティは強くて、レイはもう夢中になって相手をしてもらったのだった。
そしてこの日も、気が付けば周りには大勢の一般兵達が大勢集まってしまい、何事かと士官達が駆けつける騒ぎになったのだった。
「いや、それにしてもお見事でしたね」
昨日到着時の受付を担当してくれたマーリン中尉に笑顔でそう言われて、レイは照れたように笑って一礼した。
思いのほか大勢の兵士達が集まってきてしまい、ちょっとした大騒ぎになってしまったために、一時は保安部隊の兵士達まで集まってきてしまい、そこで急遽朝練を取りやめたのだ。
保安部隊の兵士達が、集まって来ていた一般兵達を追い払ってくれたおかげで、特に問題も無く解散してくれたのだった。
笑ったマーリン中尉がテントに戻るのを見送ってから、それぞれのテントへ戻って汗を拭いて下着を着替えた。
それから改めて身支度を整えると、二人揃って朝食をもらいに湯気の立つ大きなテントへ向かった。
「今朝は、大きな雑穀パンに燻製肉と酢漬けのキャベツ。それからチーズが二切れとクルミが三粒。これは美味しそうだね」
「そうですね。ここの食事はかなり上位に入るのでは?」
「昨夜の食事も美味しかったもんね」
雑穀パンを持っていたナイフで半分に切り、燻製肉と酢漬けのキャベツをありったけ挟んだレイは、嬉しそうに大きな口を開けて齧り付いた。
「ううん、この燻製肉、しっかり塩が効いてて美味しい。酢漬けのキャベツも美味しい!」
一口食べて満面の笑みになるレイを見て、笑ったラスティも同じようにして食べ始めた。
「これは良いですね。確かに美味しい」
顔を見合わせて笑顔で頷き合った二人は、時々チーズを齧りつつ、大満足の朝食を終えたのだった。
食べ終えたお皿を返してから、カナエ草のお茶を淹れて、二人は並んで温かなお茶を楽しんだのだった。
「さて、それじゃあ最終日だね。よろしくお願いします!」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
テントを撤収して、マーリン中尉に出発の連絡をした二人は、指令書の通りに槍を受け取ってからそれぞれの荷物の入ったリュックを担いで出発したのだった。
「えっと、今日は特に持つ物も無いし、このまま行っていいんだよね?」
念の為、指令書と地図を確認したレイの呟きに、ラスティが笑顔で頷く。
「レイルズ様。どうやら最終日は当たりのようですよ。特にこちらにも指示はありませんから、本当に地図通りに進んで中継地点の木札を回収するだけで良さそうですね」
「ええ、それはちょっと嬉しいかも。よし、じゃあ頑張って早く到着してゆっくりしよう!」
満面の笑みのレイの無邪気な言葉に、ラスティは堪える間も無く吹き出したのだった。




