夕食とルークへの報告
「ふう、今夜の食事は意外に美味しかったね」
「そうですね。見かけは若干残念でしたが、味はかなり上位に入るのでは?」
「量もしっかりあったからね。疲れているから全部食べられるかちょっと心配していたんけど、本当にもう大丈夫みたいだね」
「本当にご心配おかけしました」
仲良く並んで敷布に座ったレイとラスティは、すっかり食べ終えてから空っぽになったお皿を見ながら、今日の食事の感想を言って笑い合ったりしていた。
二人の目の前では、しゅんしゅんとヤカンが賑やかな音を立て始めている。
「そろそろ沸いたね」
レイがそう言って立ちあがろうとしたが、笑ったラスティがそれを止めて立ち上がる。
「えっと、じゃあ僕は食器を返してくるから、ラスティはお茶の用意をよろしく!」
ラスティが持っていた空の食器が乗ったトレーをレイはそう言って嬉々として取り上げると、そのまま配膳担当のテントまで、自分の分と一緒にまとめて持って走って返しに行ってしまった。
「ああ、申し訳ございません」
止める間も無く行ってしまった後ろ姿を見送り、小さく笑ってため息を吐いたラスティは、手早くお茶の準備を始めた。
「さて、明日はどうなる事やら……」
苦笑いしたラスティは、たっぷりと注いだカナエ草のお茶が入ったカップを戻って来たレイに渡したのだった。
「はい、今日はラスティの具合がちょっと悪かったんだって話をしたら、これをどうぞってさ。僕まで貰っちゃったよ」
渡されたそれは、小さな薄紙に包まれたビスケットで、チョコレートの粒が見える。
「それからこれも持っておけってさ。塩飴だって言っていたよ」
小さな缶に入ったそれは、夏季の遠征の際には必ず配られる品だ。
「ああ、これはありがとうございます。確かにこの時期であっても、脱水症状は怖いですからね」
苦笑いして小さな缶を受け取ったラスティは、そのままベルトに取り付けた小物入れにその缶を入れた。
「じゃあ明日からは、行軍中でもおかしいと思ったら早めに食べてね」
笑ってそう言ったレイは、二枚あるビスケットを一枚ラスティに渡し、たっぷりと蜂蜜を入れたカナエ草のお茶と一緒に、思わぬ食後のデザートを楽しんだのだった。
「それじゃあゆっくり休んでね。おやすみなさい」
お茶の道具も全て片付け、挨拶をして少し早めにそれぞれのテントに入る。
敷布の上に寝袋を広げたレイは、小さくため息を吐いてそこに座った。
「ねえブルー、いる?」
『ああ、ここにいるぞ』
すぐに現れたブルーのシルフが、座ったレイの膝の上に現れる。
「えっと、ルークに全然連絡してないよね。今から連絡しても良いかな?」
『ああ構わないと思うぞ。休憩室で皆で飲んでいるようだからな』
笑ったブルーの言葉の後に、何人ものシルフ達が並んで現れて座った。
「えっと、レイルズです。ルーク、今お話ししても大丈夫ですか?」
先頭のシルフに向かって話しかける。
『おうご苦労さん』
『今皆で飲んでいるところだよ』
先頭のシルフが笑って手を振った後に、並んだシルフ達が次々に手を振ってくれる。
『カウリで〜す』
『ヴィゴもいるぞ』
『ロベリオだよ〜〜』
『ユージンもいま〜〜す』
『タドラもいるよ〜〜!』
『……マイリーだよ』
最後のマイリーの声は、仕方がないなあって感じにそっぽを向きながらだったが、レイは満面の笑みで頷いた。
「お仕事お疲れ様です。良いなあ、僕も飲みたい」
『あはは』
『残念ながら遠征中は基本的には禁酒だからなあ』
『諦めて我慢してくれたまえ』
カウリの声を届けてくれるシルフが、笑って肩を竦めている。
『それでその後どうなってる?』
『順調か?』
ルークの言葉に、レイは戸惑いつつも今日のラスティの様子をまずは伝えた。
『ええ? ラスティが?』
『珍しいなあ』
『もう大丈夫なのか?』
ルークだけでなく、周りの皆もラスティ不調には驚いているみたいだ。
「うん、僕もちょっと驚いたんだけど、ここへ到着する頃にはかなり回復していたみたい。さっきはちゃんと夕食を残さず食べていたよ」
座り直したレイは、そう言って座っているブルーのシルフを見る。
「もう、本当に大丈夫なんだよね?」
『ああ、心配はいらぬよ。一晩休めば回復するだろうさ』
「よかった。えっと、明日で個人走破の訓練は終了でしょう。もうその後を考えるとお腹が痛くなりそうです」
『ああ気持ちは分かる』
『どちらかといえばそっちが本番だからなあ』
『ううん思い出したくもない記憶が〜〜!』
若竜三人組が、笑いながらそんな事を言って頭を抱えている。
「せめて大きな失敗だけはしないように祈っててください!」
『ああ精霊王に丸投げしたな』
カウリの言葉にヴィゴとマイリーが吹き出し、皆で大笑いになった。
「えっと、それから……その前の日に、いろいろあったんだけど……聞いてるよね?」
笑いの収まったレイは、転がっていたリュックにしがみつくようにして抱え込みながら並んだシルフ達を見る。
実はまさに、今彼らは休憩室で飲みながらその話をしていたところなのだ。
『ああ報告は聞いているよ』
『これに関してはお前に非は無い』
『だから気にしなくていいって』
『あれは完全なる逆恨みだよ』
黙って何度も頷いたレイは、小さなため息を吐いた。
「色んな人がいるんだね。僕、本当にびっくりしたよ」
小さくそう呟くと、そのまま寝袋の上に倒れるみたいにして転がる。
「何だか疲れちゃったから、もう休むね。えっと。お休みなさい」
ゆっくりと起き上がり、並んだシルフ達にそう言って笑顔で手を振る。
『ああ疲れているだろうからゆっくり休みなさい』
『おやすみ良い夢を』
『おやすみ〜〜〜』
『おやすみ』
『おやすみ明日は寝坊するんじゃないぞ』
『おやすみ』
『それじゃあおやすみ個人走破完走までもうちょっとだな』
『頑張れよな』
皆が順番に挨拶してくれて、最後に笑ったルークがそう言って手を振ったシルフ達は次々に消えていった。
「久し振りに皆の声が聞けたね。ありがとうブルー」
照れたように笑ったレイは上着を脱いで手早く休む準備をすると、モゾモゾと寝袋に潜り込んだ。
「光の精霊さん、灯りをありがとうね。もういいよ。おやすみなさい」
小さくそう言うと、灯っていた淡い光が不意に消える。
それから役目を終えた光の精霊はレイの頬にキスを贈ってから、枕元に置かれたペンダントの中へ消えていった。
レイの静かな寝息が聞こえて来たのはそれからすぐの事だった。




