運命共同体
「うわあ!」
足元と前だけを交互に見ながら黙々と進んでいたレイは、前に出した右足が不意にぬかるみに取られて体勢を崩し、悲鳴を上げて後ろ向きに豪快にひっくり返った。
背中に担いでいた人形が、勢い余って後ろへ吹っ飛ぶ。
「レイルズ様! うわあ!」
しかも、ひっくり返った直後に、背後からも悲鳴と共にぶつかる音がした。
沈黙が落ちる。
「えっと、ごめんねラスティ……もしかして、巻き込んだ?」
手にしていた槍をぬかるむ地面に突き立てて、支えにしながら上体を起こして恐る恐る振り返ると、吹っ飛んできたレイの担いでいた人形に押し倒されるようにして、ラスティもぬかるみに仰向けになって一緒に転んでいたのだ。
「いえ、大丈夫で、す。ちょっと、びっくり、しただけで……」
しかし倒れたラスティは、また不自然なくらいに息が切れている。しかも槍をついて起き上がろうとしているのだが、妙に体がふらついているように見える。
慌てて周りを見回したレイは、足元のぬかるむ地面を見る。
「えっと、ノーム。ラスティと僕の座れるくらいの大きさの石を出してもらえますか」
地面に向かって話しかけると一人のノームが現れ、すぐに大きめの石を二つ、地面から呼び出してくれた。
突き立てた槍に縋るようにしてなんとか立ち上がったレイは、背後に倒れているラスティの手を握ってゆっくりと引っ張った。
「ほら、ゆっくりでいいから立てる?」
「は、はい……何とか……」
こちらも地面に突き立てた槍にすがりながら、レイの手に引かれて何とか起き上がる。
泥まみれになった二人はまずはウィンディーネに手を綺麗にしてもらってから、レイがこれもウィンディーネにお願いして出してもらった掌ほどの水球で、人形やリュック、それから服についた泥汚れをこすって、あっという間に綺麗にしてしまった。
「ほら、もう綺麗になったから座っていいよ」
まだ少しふらついていて、槍に縋るようにして立っているラスティの手を引いて、とにかく石の上に座らせる。
俯きになって必死になって息を整えるラスティの腕や肩を、レイは黙って何度もさすっていたのだった。
そのあと少し休んでから出発したのだが、やはりラスティは息が乱れて遅れがちで、何度もぬかるみに足を取られては立ち止まり、とうとう最後には膝をついて転んでしまった。
「申し訳ありません。どうも今日は体調がすぐれないようでして……」
申し訳なさそうなラスティの言葉に、レイは小さく首を振る。
「そんなことで謝らないで。生きてるんだから体調が悪い時だってあるよ」
改めてラスティの服やリュック、それから人形を綺麗にしてから、レイは腕を組んで考え込んだ。
またノームに出してもらった石に座ったラスティは、息を整えるのに必死でそんなレイを見る余裕は無い。
「ねえ、ラスティ。僕、いい事思いついた!」
しばらくして、不意にレイが妙に嬉しそうな声でそう言って座っているラスティの腕を叩いた。
「どう、なさいましたか?」
まだ息が整わないラスティだが、レイの言葉を無視するという選択肢は彼には無い。
「えっと、僕はまだまだ余裕があるから、こんな時は仲間同士で助け合うのが良いんだよね。何たって運命共同体なんだからさ。ちょっと待ってね」
笑顔でそう言うと、体の前後で背負っていた二つのリュックを一旦自分の石の上へ下ろす。
「えっと、ラスティのリュックをちょっと開けるね」
そう言って、ラスティが背負ったままにしている背中側のリュックを開いて、一番重いテントと敷布を取り出した。それを自分のリュックへ無理やり押し込む。
リュックの大きさにはある程度の余裕はあったので、何とか入れる事が出来た。
「それからこっちもだね」
そう言って、今度は胸側に抱えているもう一つのリュックの口も開いた。
「いけません、レイルズ様! それでは、レイルズ様の荷が必要以上に重くなります!」
彼が何をしようとしているのか気づいたラスティが、血相を変えてレイの腕を掴む。
「心配しないで。僕はまだまだ大丈夫だよ」
そう言って前側のリュックからもテントと敷布を取り出し、更に使っていない水が一杯まで入った水筒も取り出した。
自分のもう一つのリュックにも、テントと敷布と水筒を押し込んだ。
「これでよし。どれくらいになったかな?」
笑ってパンパンになったリュックを叩き、まずはリュックを背負う。それから続いて前側にも肩紐に腕を通してリュックを抱えた。地面に放り出していた人形をその上に担ぎ槍を持つ。
「うん、思ったほどじゃあないや。ラスティはどう? そろそろ出発出来そう?」
「ありがとうございます。何とか大丈夫かと思います」
そう言ってゆっくりと立ち上がったラスティは、驚いたように自分のリュックを見る。
「レイルズ様、本当に大丈夫ですか?」
担いでいるリュックが驚くほど軽く感じて、焦りながらレイを見る。
「だから大丈夫だって。今度僕が大変な時は助けてね」
当然のように笑って抱えているリュックを叩く。
その頼もしい言葉に、一瞬泣きそうな顔で笑ったラスティは、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。不甲斐ない私をお許しください」
そう言って、地面に転がしていた人形をゆっくりと担いだ。
「だから気にしないでって。運命共同体なんでしょう? えっと、もう歩いても大丈夫そうだね。それじゃあもう少しだから頑張ろうね」
笑い合って軽く槍を交差させてから、レイを先頭に少しゆっくりと進み始めたのだった。
傍らの木の枝に座って二人のする事をじっと見つめていたブルーのシルフは、周りに勝手に集まっているシルフ達に、黙って一度だけ頷いた。
それを見て笑って頷いたシルフ達は、レイとラスティが担いでいる背中側のリュックの元へ向かい、二人に交互に風を送って遊び始めた。
別の何人かのシルフ達はリュックの底を押し上げたり、蓋の周りを引っ張って、どれくらい上がるか競うようにして遊び始めたのだった。
急に軽くなったリュックに驚いたレイは、リュックで遊ぶシルフ達を振り返って見て、満面の笑みになった。
「遊んでくれてありがとうね、シルフ」
ごく小さな声でそう呟いたレイは、一つ深呼吸をすると、しっかりとした足取りでぬかるむ道を歩いて行ったのだった。




