ラスティの不調と憂鬱な道
「ふう。なんだか、この携帯食も食べ慣れてきたのか美味しく感じるようになってきた気がする」
石に座ってモゴモゴと携帯食を噛んでいたレイが、ひと息に水を飲んでから蓋をした水筒を振りながらそう言って笑っている。
「確かにこう毎日食べていると、食べ慣れてきたっていうのはあるでしょうね。ですがまあ、これが美味しいかと言われると……微妙ですねえ」
同じく水筒の水を飲んだラスティが、一欠片残った携帯食を見ながら苦笑いしている。
「そりゃあ、普段食べている食事とは比べ物にならないくらいなんだけどさあ。こう、じっくりと噛んでいたら、だんだんと穀物の甘みみたいなのが感じられる気がするんだよね」
「それは、素材の違いすら感じられる素晴らしい舌だと褒めるべきなんでしょうが、これを食べて美味しく感じられるというのは、何やら逆に物悲しく感じますねえ」
「ひどいラスティ! だけど僕もそう思うね。同じ食べるのなら、出来ればもう少し美味しいものを食べたいです!」
吹き出したレイはそう言って声を上げて笑い、ラスティも最後の一欠片を口に放り込んで咀嚼しながら何度も頷いていたのだった。
「それにしてもいつも思うけどさあ。こんなに小さいのに一つ食べたらお腹いっぱいになるんだよね。これ」
蜂蜜をたっぷり入れたカナエ草のお茶を飲みながら、感心したようにレイは手にした包み紙を眺めている
「確かに小さいですが、これにはぎっしりと穀物や木の実が入っていますからね。普段の食事よりも多く何度も噛むので、満腹になるのも早いのでしょう」
休憩してかなり元気になったラスティも、カナエ草のお茶を飲みながら笑って包み紙を丸める。
「確かにしっかり噛むよね。ちょっと顎が痛くなるくらい」
レイも笑ってラスティの包み紙を受け取り、自分の分と一緒にあっという間に燃やしてしまった。
それから二人は地図帳を取り出して改めて現在地を確認して、午後からのルートの確認を行った。
「ううん、この林のところって真っ直ぐにつっきれるみたいなんだけど、そんな事ってあるかな?」
「何処ですか?」
不思議そうなラスティの言葉に、レイは笑って地図帳を見せる。
「ほら、ここの所。どう見てもまっすぐの道があるんだよね」
「ああ、それは私も思っていました。恐らくですが、ここは林の中へ迷い込まないようにわざわざ道を作ってくれてあるのでは? 以前もそんなルートがありましたよ」
ラスティの言葉に、地図帳を見ていたレイは納得したように笑って頷いた。
「そっか、まあ行ってみれば分かるね。歩きやすい道だといいんだけどなあ」
地図帳を片付けながらそう言って、小さなため息を吐いたのだった。
「さあ、それじゃあそろそろ出発しようか。だけど本当に大丈夫?」
空になった水筒を受け取り、蓋をして軽く振りながら心配そうにラスティの顔を覗き込む。
ここへ到着した頃に比べたらはるかに顔色もよくなっているし、話す言葉もしっかりしている。
だけど予定よりも早く休憩してしまった為に、いつもに比べれば短いとはいえ、まだ午後から走破しなければならない距離はかなり残っているのだ。
「ご心配をおかけして申し訳ございません、しっかり休ませでいただきましたので、もう大丈夫です」
申し訳なさそうなラスティの言葉に頷き、水がたっぷりと入った水筒を返そうとしたところでレイはふと手を止める。そのまま無言で水筒を見つめている。
「あの、どうかなさいましたか?」
返してもらうつもりで差し出した空っぽの手を戸惑うように見つめながら、ラスティは首を傾げている。
「うん、まあいいや。はいどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
返してもらった水筒をリュックの定位置に戻して背中に背負う。それからもう一つのリュックも前側で担いでから転がしていた人形を抱き起こして勢いをつけて肩に横向きに担ぐ。肩に一気に重みがかかるが、弱音を吐くわけにはいかない。
それを見たレイも、同じようにして二つのリュックを背負いもう一体の人形を担いだ。
「よし、じゃあ出発するけど、具合が悪かったり疲れたりしたら無理しないで早めに言ってね」
「はい、よろしくお願いします」
地面に突き立てていた槍を持った二人は、笑顔で頷き合ってから出発した。
彼らが立ち去るとすぐに、並んでいた石がゆっくりと地面の中へ戻っていき、あっという間にそこは元の草地に戻ってしまい、もう何処で彼らが休憩していたのかさえ定かではなくなっていたのだった。
少し足場の悪い草地をしばらく進むと、前方にかなり大きな林が見えてきた。それはまるで通せんぼをするかのように、大きく弧を描くように左右に広がっていて、見える限りかなり先まで広がっているので迂回するのは困難そうだ。
だがその林には、まるでさあお通りください! と言わんばかりに真ん中辺りに細い空間が開いていて、そこへ向かってまっすぐに獣道と思しき道が続いていた。
「ううん、やっぱり地図の通りで、これはあそこを通れって意味なんだろうね」
林の少し手前で立ち止まったレイが、胸元のリュックのポケットから地図帳を取り出して確認している。
「そのようですね。まあ気をつけて進みましょう」
ため息を吐いたラスティの言葉に頷き、レイを前にして二人は前後に並んでその獣道を進んで行った。
「案外木が大きいから、影になって暗いね」
細い道を進みながらレイが時折頭上を見上げながらそう呟く。
「確かに暗くなってきましたね。それに、また足元が悪くなってきました。これは気をつけないと、ぬかるみに足を取られそうです」
ラスティの言葉通り、先ほどまでは踏み固めれらた硬い地面だったのだがどんどん柔らかくなってきていて、今では時折ぬかるむ箇所さえもある。気をつけないと、うっかり歩いているとぬかるみに足を取られて転んでしまいそうだ。
重い荷物を幾つも担ぎ、長い槍を持って進むには最悪の場所だ。
大きなため息を吐いたレイは、出来るだけ歩きやすそうな箇所を探しつつ、薄暗がりの小道を進んで行ったのだった。




