大荷物の個人走破四日目
翌朝、いつものようにシルフ達に起こされたレイは、大きなため息を吐いてモゾモゾと身じろぎをしながら寝袋ごと起き上がった。
『おはようレイ。どうしたのだ? 朝からそんな大きなため息など吐いて』
ふわりと右肩に現れたブルーのシルフが、レイの頬にキスをしてからかうように笑いながらそう言って耳を引っ張った。
「おはようブルー。えっとね、色々寝る前に考えてたらなんだか変な夢を見ちゃったんだ。それで、目が覚めたばかりなのにすっごく疲れてるの」
『変な夢とな?』
少し心配そうに横から顔を覗き込む。
「ううん、それはいいんだ。ただの夢。それより、今日は大変な課題の日だよ。頑張らないとね!」
わざとらしくそう言って大きな欠伸をしてから腕を伸ばして寝袋から這い出した。
「今朝もテントは朝露でびしょ濡れ〜〜」
テントを見上げたレイの呟きに、笑ったブルーのシルフが軽く手を叩く。一瞬で結露していたテントが乾く。
隣のテントからラスティの驚く声が聞こえてレイは小さく吹き出す。
「ラスティのテントまでありがとうね。さあ、それじゃあ寒いけど起きましょうかねえ」
嫌そうにそう呟いてテントから出る。
「おはようラスティ。えっと今朝は軽く柔軟体操するくらいで止めておいた方がいいかな?」
「おはようございます。そうですね。体力は温存しておいた方が良いと思いますから、体を温める程度にしておくべきかと」
そう言いながらラスティも腕を上げて肩周りを解し始める。
それからしばらくの間、二人で組んでゆっくりと無理のない範囲で柔軟体操を行った。
「お疲れ様でした。えっと、それじゃあ着替えたら、朝食かな」
「そうですね。ではちょっと失礼しますね」
朝の体操を終えると、ひとまずそれぞれのテントへ戻り身支度を整えたら、揃って朝食をもらいに行く。
量はそれなりにあるものの、やっぱり塩味が効きすぎている食事を黙って残さず頂いてから、手早くテントを畳んで出発準備を整える。それから揃ってヴィンゲル少佐のいる大きな天幕へ向かった。
「おはようございます。もう出発でよろしいでしょうか?」
天幕から出てきたヴィンゲル少佐の言葉に、レイは直立する。
「はい、準備出来ております」
「結構です。ではこちらへ」
そう言って歩き出す少佐の後に二人が続く。
何故か周りの兵士達からの注目を集めているのを不思議に思いつつ、案内された場所にあった物を見てレイは兵士達の視線の意味を理解した。
大きなトリケラトプスが引く荷馬車に積み上げられていたのは、かなり大雑把に作られた大きな人型の人形だった。
一応、人形は第一部隊の一般兵の制服を着ている。それから横に置かれている荷物の袋も相当に大きい。
「詳しくはこちらの担当兵にお聞きください。では健闘を祈ります」
にんまりと笑って敬礼をしたヴィンゲル少佐は、呆然と人形を見ているレイに向かってそう言うと、さっさと天幕へ戻ってしまった。
「ご苦労様です。人形はどれでも好きなのを一体、それからこちらの荷物も一つお持ちください。どちらにも番号札が付いていますから、その番号をこちらへ申請してください。それから、本日の槍はこれをお使いください」
そう言って、荷馬車の横に立っていた書類を持った担当の兵士が木製の柄の槍を二人に渡した。
「ええ、人形と荷物だけじゃなくて、槍まであるんだ……」
一応、ここへ来るまで持っていた鋼の槍よりは軽いのが救いだが、あの人形を背負ってさらに追加の荷物と槍を持つとなると、完全に両手が塞がるだろうし体への負担も相当だろう。
「うわあ、これは確かに大変そうだね。今日のルートが短いわけだ」
一応地図を確認して今日のルートは調べてあるが、今までと違ってほぼ平原でやや高低差はあるもののかなり今日も短くまっすぐ進むだけだし、中継地点も一箇所だけだ。
時間制限は無いので、急がなくても良いだろうと考えたレイはラスティを振り返った。
「えっと、ラスティはどう思う? ルート取りは昨日確認してあるから大丈夫だよね」
「そうですねえ。足場がどうなっているのか分からないのでそこはなんとも言えませんが、まあ今日のルート自体は迷うようなものではありません。とにかくしっかりと準備をしてから出発しましょう」
レイも同意見だったので大きく頷き、まずは人形を選び始めた。
「えっと、持ち上げてみても構いませんか?」
「はい、ご自由にどうぞ」
荷馬車の横にいた担当兵に確認してから、レイは真剣に運ぶ人形を選び始めた。
出発前にルークから聞いていたのだが、この人形選びも実は重要で、運びやすい人形と運びにくい人形があるらしいのだ。
いくつか持ち上げて確認してみると、確かに頭や脚が不自然に重い人形がいくつかあり、これをうっかり選んでしまうとかなり大変だろうと予想出来た。
人形を並べて一体ずつ確認していると、ニコスのシルフ達がある二体の人形の上に分かれて現れて座った。
それっきり特に何も言わないが、彼女達が何を言いたいのかを理解したレイは小さく笑ってその人形を選んだ。
「ねえラスティ。これにしようよ」
彼女達おすすめの二体の人形を選んで、そのうちの一体をラスティに渡した。
荷物は持ってみたがどれもほとんど変わらないようだ。彼女達も何も言わないので適当に選んで、それぞれの番号を待っていてくれた担当兵に報告する。
「はい、それでは準備が出来次第出発してください。健闘を祈ります」
そう言って敬礼してくれたその担当兵は、取り出して並べていた他の人形を荷馬車へ放り投げて乱暴に積み戻すと、そのままラプトルに指示して別の場所へ運んで行ってしまった。
「えっと、だけどこれだけの荷物をどうやって運べば良いんだろう」
その後ろ姿を見送ってから、戸惑うように小さく呟く。
レイの背中にはすでに自分の荷物が詰まったリュックを背負っているが、もう一つリュックが増えている。
「リュックは二つ同時には背負えないよね。ううん、どうすれば……」
もう一つのリュックを見ながら困ったように小さく呟く。
『さて、どうすべきだろうなあ?』
笑ったブルーのシルフの言葉に、レイは無言でリュックを手にする。
「ああそっか。前側でなら持てるね」
そう言って笑うと、身体の前側にリュックを抱えるようにして持ち肩紐に腕を通す。
前からと後ろからリュックに挟まれている状態になったが、これなら確かに両手は空いている。
「えっと、リュックがあるから普通には背負えない。それなら、この子の持ち方はこうだね」
そう呟き、左手で人形の腕を取って引っ張って立たせると、右手で人形の太ももを掴んで一気に横向きに担ぐようにして背負った。
ちょうどレイの肩から首の後ろに横向きになった人形が覆いかぶさる状態で、片手と片足がレイの体の前側にあるので、こうしていればずり落ちる心配もない。
これは実際に戦場でも使われる運搬方法で、意識の無い負傷兵を一人で運ぶ際に一番負担がかからない持ち方なのだ。
「以前ギードに習った通りにやってみたけど、確かにこれが一番楽そうだね」
軽く揺すって持ちやすい位置で留める。
それから小さくそう呟いてラスティを振り返ると、追加のリュックも人形も、レイと全く同じ持ち方をしていたラスティが驚いた顔でこっちを見ていたのだ。
「ああ、一緒だね」
嬉しそうにレイがそう言うと、苦笑いしたラスティは荷馬車に立てかけてあった自分の槍を右手に持った。
「先輩面して、持ち方を一からお教えする気満々だったんですが、お呼びじゃなかったようですね。ううん、残念です」
「あはは、可愛くない後輩でごめんなさい、あっ違った。申し訳ありませ〜〜ん!」
人形を担いだままでそう言って顔を見合わせて笑い合い、それからレイも槍を持って大きく深呼吸をした。
「よし、それじゃあ出発しよう。案外重いみたいだから、時々休憩しながらだね」
「はい、よろしくお願いします」
槍を軽く打ち合わせた二人は、そのまま揃って野営地を出発して行ったのだった。




