夕食と彼の処分について
「ああもう。今から食事を貰いに行くんだから、もう僕の髪の毛で遊んじゃあ駄目です!」
髪の毛を押さえて逃げながらそう叫んでいるが、笑いながらでは全く説得力はなく、髪を引っ張るシルフ達は気にする様子もない。
ラスティも座り込んで笑っているだけで、手を出そうとはしない。
「だから駄目なんですってば!」
ぶるぶると首を振りながらそう言って何とかシルフ達を追い払ったレイは、ラスティの右肩に座って笑いながら自分を見ているブルーのシルフを見つけてそっと駆け寄って突っついた。
「もう、ブルー! 笑ってないで止めてよね」
『いや、すまんすまん。皆があまりに楽しそうだったので、つい止め損なってしまったわい』
「理由になってないです〜〜!」
もう一度そう叫んで、まだ笑っているラスティを見た。
「えっと、水を出すから寝癖を戻してもらえる。自分の頭は自分じゃあ見えないもん」
「そうですね。ではお手伝いいたしましょう」
ウィンディーネ達が出してくれた水で髪を濡らし、軽く櫛で撫でつけただけであっという間に寝癖は綺麗に戻った。
「いつもながら精霊の皆様の仕事は早いですねえ」
感心したようなラスティの呟きに、周りのシルフ達が得意げに胸を張っている。
「手伝ってくれてありがとうね。だけどこれって、君達が遊んだからひどい寝癖になってるんだよね?」
すっかりふわふわになった髪を引っ張りながらレイがそう言うと、笑ったシルフ達が一斉にレイの髪を引っ張った。
『じゃあもう一回遊ぼうかなあ』
『主様の髪は大好きだもん』
『大好き大好き』
『ふわふわだもんね〜〜!』
「だからもう駄目です! あとは帰ってからのお楽しみにしておいてください!」
笑いながらもそう言って髪を押さえるとシルフ達は笑いながら次々に消えていった。
「はあ、もう大騒ぎだね。あれ、どうしたのラスティ?」
ようやく笑いはおさまったようだが、何やら言いたげに自分を見つめているラスティをレイは不思議そうに見つめ返す。
「いえ、本部へお戻りになった翌朝のレイルズ様の髪の毛の絡まり具合が、一体どれくらい大変な事になるのか考えたら少々気が遠くなりました。ですが約束とあらば致し方ございませんねえ 頑張ってお手伝いいたしましょう」
「あ……」
レイも今更ながら気が付いたと言わんばかりに呆然とした後、恐る恐る頭上を見上げる。
いつの間にか、消えていたはずのシルフ達が戻ってきていて、それはそれは楽しそうな笑顔でレイを見つめていたのだ。
「お……お手柔らかに、お願いします」
苦笑いしながらレイがそう言うと、シルフ達は一斉に笑い出した。
『楽しみ楽しみ!』
『だから今は我慢するもんね〜〜〜!』
『我慢するもんね〜〜〜!』
『ね〜〜!』
嬉々としたその宣言にレイは頭を抱えて悲鳴を上げ、ラスティは堪えきれずに大きく吹き出したのだった。
「ま、まあ私もお手伝いいたしますから、何とかなるでしょう」
「うう、本当に大丈夫かなあ」
諦めてテントから出てきたレイは、自分のふわふわな赤毛を引っ張りながら苦笑いしている。
『まあ、それほど心配せずとも良い。別に髪の毛を毟られるわけでなし』
「ブルー面白がってる」
レイの右肩に座ったブルーのシルフの言葉に、諦めのため息を吐いたレイはそう言って指先でそっと突っつく。
『彼女達は其方の髪が大好きなんだよ。だから触れたがる。それ故の悪戯なのだ』
「それは分かってるよ。彼女達の愛情表現は、えっと、ちょっと独特なんだよね」
『そうだな、確かに独特だ』
レイの言葉にブルーのシルフは面白そうに笑いながら何度も頷いていたのだった。
「うん、まあここの食事は……量はしっかりあっていいね」
「そうですねえ。塩味がやたら効いている気がしますので、後で喉が乾きそうですが」
「それはそうだね。後でもう一回水筒の水をいっぱいにしておくよ」
「お願いします」
並んで座った二人は、もらってきた今日の夕食を食べながら微妙な表情で時折顔を見合わせて苦笑いをしていた。
確かに量はかなりあってそれは嬉しいのだが、ラスティの言う通りで全体にどれも塩味が効きすぎていて色々台無しになっている。
文句の言葉を飲み込んで残さずいただき、ラスティが二人分の食器を返しに行ってくれている間に、レイはカナエ草のお茶の準備をしていた。
しばらく無言でお湯が沸くのを待ち、手早く二人分のお茶を淹れる。
「おかえり。はい、これがラスティの分ね」
「ああ、ありがとうございます。暖かいお茶が嬉しいですね」
たっぷりお茶が入ったカップを戻ってきたラスティに渡して、レイは自分の蜂蜜入りのカナエ草のお茶をゆっくりと飲んだ。
確かに、少し冷えた体に温かなお茶は染み入るようだ。
しばらく無言でそれぞれのお茶を飲んでいたが、ラスティがひとつため息を吐いてから口を開いた。
「レイルズ様。一つお伺いしてもよろしいでしょうか」
小さなラスティの言葉にレイは一瞬飲んでいた手を止めて小さく頷く。
「マティウス少尉の処分について、ご希望はございますか?」
「希望?」
「正直に申し上げて、今回の一件はかなり悪質ですが、ロベリオ様の時のように実際に怪我をさせるのを目的としたものではありません。先ほどヴィンゲル少佐に確認して参りましたが、後日、確実に何らかの処分が下されるであろうとの事です」
『まあ当然であろうな。奴はそれだけの事をしたのだから処分は当然であろう』
いつの間にか現れたブルーのシルフが、嫌そうに頷きつつそう言い捨てる。
そんなブルーのシルフを見つめたレイは一つため息を吐いて首を振った。
「えっと、僕は正直に言うと何が何だか分からないです。どうして彼がそんな事をしたのか、僕がそこまで憎まれる覚えはないし、本当にどうしたら良いのか分からないです……だから、だからブルーの言う通りにそれが処分されるのに相応の事なんだと軍部が判断していて、無罪放免にならないのなら……もう、それでいいと思う」
「かしこまりました。では、そのように伝えておきます」
ラスティの安堵したような言葉に、レイは少し考えてラスティを見た。
「えっと、この場合もしも僕がすっごく怒って、絶対に彼には厳しい処分を! って言っていたら、どうなってたの……?」
「それはもちろん私がそう伝えますから、彼の処分を判断する際に参考意見として報告されたでしょうね」
「じゃあ逆に、僕は怒ってないから、その寛大な処分を! って言ってたら……?」
「まあ、そのご意見も当然報告しますから、同じく参考意見として報告されるでしょうね」
「じゃあ今回の場合は、ラスティはなんて報告するの?」
自分の意見で彼の処分の重さが決まると言われて、戸惑うようにそう尋ねる。
「彼の上司が判断する処分を尊重します。と、レイルズ様が仰っておられたと報告いたしますね」
「そっか、それならもういいです」
小さく頷くレイの言葉に、ラスティも小さなため息を吐いて頷きレイの背中をそっと撫でたのだった。
実際のところ、そう伝えておけば確実に厳しい処分が下る。
もしもマティウスや、彼の指示に従った者達の処分を軽くすれば、それは彼の上司がレイルズの命と意見を軽く見ているのと変わらないと竜騎士隊が判断するからだ。
当然その状況を理解しているラスティは、もうそれ以上何も言わずにそのままレイの意見を軍部に伝える事にしたのだった。
そして当然その事を理解しているブルーも、もうそれ以上の事は何も言わずに、黙ってお茶を飲むレイの頬に何度もキスを贈っていたのだった。




