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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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束の間の休息

「それじゃあちょっと休むね。ラスティが戻って来たら起こしてくれるかな」

 テントの張りにぶら下がって遊んでいるシルフ達にそう声を掛けると、レイは大きなため息を吐いてから広げた寝袋に潜り込んだ。

 そのまま目を閉じてもう一度ため息を吐く。

 モゾモゾと動き回り、寝返りを打ち、上を向いてまたため息を吐いた。

「ねえブルー、いる?」

『ああ、ここにいるぞ』

 呼びかけに応えていつものブルーのシルフが枕元に現れ、優しい声でそう言ってレイの頬にそっとキスを贈った。

「今日の件って、ルークに報告すべきだよね?えっと、それともラスティが報告してくれるから、僕からは何も言わない方が良いのかな?」

 明らかな悪意を持ってこのような裏工作をされるなんて事は、本当に生まれて初めての事態で正直言ってどう反応したら良いのかさえ全く分からない。怒れば良いのか。それとも黙っていれば良いのか。

 もしもレイが一人で参加していてこんな事になっていたとしたら、中継地点に細工した兵士達の姿を見ていたとしても、間違いなくその後へノコノコと疑いもせずに行って、設置された偽物の木札を貰っていただろう。

 そしてそのまま提出して、恐らくは不正を行ったのだと糾弾される事になっていただろう。

 ラスティがいてくれて良かったと、心の底から彼の存在に感謝していた。

『まあ、其方の従卒が報告してくれるだろうが、少なくとも其方の目から見た事件のあらましは報告しておくべきだろうな』

 ため息を吐いたブルーの言葉に、レイは黙って寝袋に入ったまま腹筋だけで体を起こした。

『だが今はひとまず休むといい。疲れておるだろう』

 打って変わった優しい声に、苦笑いして頷き、ゆっくりと手をついてもう一度横になる。

「ねえブルー、眠れないんだ。歌を聞かせてよ」

 少し甘えるような声でそう呟き、横を向いて枕代わりにしている袋の紐を握る。手足を小さく丸めて横になるその姿は押し寄せる訳の分からない不安に怯えているようにさえ見えた。

『それならばよく眠れるよう、癒しの歌よりは……そうさな、我が幼き頃に聞いた古き子守唄を聞かせてやるとしようか』

 驚いて、横になったまま顔を上げてブルーのシルフを見る。

 笑顔で頷いたブルーのシルフは、軽く指を鳴らしてテント内に軽い結界を張ると、ゆっくりと歌い始めた。

 それは精霊古語と呼ばれるとても古い言葉で、レイは知らない言葉だ。

 しかし、優しいブルーの声で歌われるその子守唄はまるで疲れているレイを温かく包み込むかのようで、レイの口から吐息がこぼれる。

 先ほどまでの胸の重みを吐き出すようなため息とは違っていて、その吐息のあとは何だか胸の中が温かく感じられ、冷たくなっていた指先が暖かくなっていくのが分かった。

 ゆっくりと手足を伸ばして仰向けになったレイは、そのまま目を閉じてその初めて聞く歌に聞き惚れていた。

 そして、すぐに静かな寝息を立て始めた。

『ふむ、やはりこの歌はよく眠れるようだな。懐かしいのう……我も幼き頃には、母が歌うこの歌を聴いてぐっすりと眠ったものだ。久方ぶりに歌ったが案外覚えておるものよのう』

 ブルーのシルフは嬉しそうにうんうんと頷きながらそう呟くと、ぐっすりと眠るレイの滑らかな頬に想いを込めたキスをそっと贈ったのだった。

 そして、集まってきたシルフ達がブルーのシルフが笑って頷くのを見て、嬉々としてレイの髪の毛で遊び始めたのだった。



「レイルズ様、まだお休みでしょうか?」

 天幕から戻ってきたラスティは、真っ暗なままのレイのテントを見て遠慮がちにテントの外から声を掛ける。

 もうすっかり日が暮れているが、野営地内はあちこちに篝火が焚かれていて真昼のような明るさを保っている。

『すまぬが、起こすに忍びない程にぐっすりと眠っておるようだ。だが夕食ならば起こした方が良いな』

 不意に右肩に現れてそう言った伝言のシルフを見て、ラスティが慌てたように口を開く。

「ラピス様、そうですね。普段と違って夕食の時間が決められておりますので、お休みのところを申し訳ないのですが、出来れば起きていただきたいのですが……」

『ふむ、食事は大切だな。あい分かった。では起こすとしよう。しばし待て』

 そう言ってついと伝言のシルフは姿を消してしまった。

 戸惑うようにレイのテントを振り返ると、不意にテントの中に淡い光が灯りその後に小さな声が聞こえた。

「ええ、もうそんな時間なんだ。ふああ……何だかすっごくぐっすり寝たみたいで、すごくスッキリしてるや」

 テントの中から聞こえてくる笑ったレイの声はいつもの明るくて元気な声で、密かに安堵のため息を吐いたラスティはそっとテントの垂れ幕を上げた。

「レイルズ様、お目覚めですか? そろそろお食事の時間なんですが、寝起きに食べられますか?」

 からかうようにそう言ってやると、慌てたようにレイがテントから顔を出した。

「もちろん、実を言うとお腹がぺこぺこなんです。じゃあ貰いに行こうよ」

 テントの垂れ幕を上げて、脱いでいた靴を履こうとするレイを見たラスティは堪えきれずに小さく吹き出した。

「レイルズ様、出来ればお食事を取りに行く前に鏡を見る事をお勧めいたしますね」

 笑いながら自分の頭を指差すラスティを見て、靴紐を結んだレイは慌ててベルトの小物入れからメタルミラーを取り出した。

「うわあ、酷い寝癖! ちょっともう、遠征中は寝癖は無しじゃないの?」

 文句を言いつつもレイの顔はもうこれ以上ないくらいに笑っていて、ラスティと顔を見合わせて揃って大きく吹き出したのだった。


『笑ってる笑ってる』

『主様が笑ってる!』

『ご機嫌ご機嫌』

『悪戯大成功〜〜!』


 目を輝かせてレイの様子を伺っていたシルフ達が、大喜びで手を叩き合い、周りを飛び回ってレイのくしゃくしゃになった赤毛をさらに引っ張ったり絡ませたりして遊び始めたのだった。

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