個人走破三日前の終了
「お疲れ様です! どうぞこちらの木札をお持ちください」
「ああ、ありがとうございます」
分かりやすく立てられた旗の横に立っていた第四部隊の兵士から差し出された木札をレイは笑顔で受け取る。
いつもなら中継地点では少し休憩をしてから出発するのだが、遠くに見える今日の目的地である野営地を見て、もうこのまま進む事にした二人は、荷物を置かずにもう一度兵士達にお礼を言ってからその場を離れた。
そのあとはもう特に問題も無く、あっという間に野営地へ到着したのだった。
「竜騎士見習いのレイルズ、及び従卒のラスティ。指令書に従いただいま到着致しました!」
到着した野営地の一番大きな天幕の前では、明らかに士官と思しき人物が書類を手に待ち構えていた。
レイとラスティが到着したのを見て駆け寄って来てくれたので、とにかくレイはいつものようにまずは到着の報告を行った。
「無事の到着、何よりです。木札の確認を」
特に名乗りもせずに木札を受け取ろうとするその士官に、ラスティが無言のままレイの前に腕を差し出して木札を渡そうとするのを止めた。
「その前にまず、貴官の所属と階級を」
木札を受け取り損ねた士官が、明らかに苛ついた顔でラスティを睨みつける。
「何だ貴様は。無礼であろう!」
「二度言わせるな。所属と階級を名乗れ!」
突然のラスティの大声は、すぐそばにいたレイの方が驚いて飛び上がった程だった。
当然、周り中の兵士達が何事かと一斉に振り返ってこっちを見る。
「チッ」
周り中の注目を集めている事に気付いたその士官は、小さく舌打ちをすると踵を返していきなりその場から走って逃げ出した。
「その者を捕らえよ!」
ラスティの大声に、周りにいた第四部隊の制服を着た兵士が数名と、第二部隊の制服を着た兵士達がその士官に一斉に飛びかかる。
「ええい、離せ!」
その士官は書類を放り出して逃げようとしたが、結局飛びかかってきた兵士達に抑え込まれて取り押さえられてしまった。
暴れる士官を押さえつけつつも、訳が分からず兵士達は戸惑うように顔を見合わせている。
「ご苦労様です。その者は、こちらで対処いたします」
その時、ラスティが口を開くよりも先に天幕の中から第二部隊の士官が出てきてそう言った。
即座に保安兵達が駆け寄って来て、抑え込まれた士官を確保して連れて行ってしまった。
「大変失礼しました。今夜の受付担当のヴィンゲル少佐です。竜騎士見習いのレイルズ、木札の提出を」
今度はラスティも少し下がった位置で何も言わないのを見て、レイは小さく深呼吸をしてから木札を取り出して渡した。
「念のため確認しますが、どのルートを通ってここまで来たか、お分かりでしょうか?」
木札を確認して書類に何かを書き込みながらヴィンゲル少佐がそう尋ねる。
「はい、これをご確認ください。ここからここまでが本日の通って来たルートです。ああ、失礼しました。ねえラスティ、地図を出して。二箇所目の中継地点から三箇所目のところ、僕の方に書き写してない!」
地図帳を開いて今日の最初のページを開いて見せたが、一部写し忘れの箇所があったのに気がついて、慌ててラスティを振り返る。
「ああ、大変失礼いたしました。こちらと繋がっております」
すぐに気がついたラスティも、急いで自分の地図帳を開いて見せる。彼の地図帳には、幾つもの栞が挟まれ小さなメモが貼り付けられている。
本当なら、最後の中継地点に到着したところで改めて残りのルートの確認をする際に、お互いの地図帳を確認してルートを両方の地図帳に書き写していたのだ。
「ああ、構いませんよ。はい結構です。噂に違わず素晴らしいルート取りですね。記帳も完璧だ」
嬉しそうにヴィンゲル少佐はそう言ってレイの地図帳の今日の最後のページに、持っていた書類と合わせて確認の割り印を押してくれた。
「これで本日の訓練は終了です。お疲れ様でした。明日は相当きつい内容になっていますので、今夜はゆっくりお休みください。では」
苦笑いしたヴィンゲル少佐は、地図帳をレイに返してそう言うと軽く一礼してそのまま天幕へ戻ってしまった。
「レイルズ様、どうぞこちらへ」
第二部隊の制服を着た兵士が声をかけてくれて、そのまま今夜の彼らがテントを張る場所まで案内してくれた。
顔を見合わせて素直にその兵士の後に続いたレイとラスティは、とにかく明るいうちにそれぞれのテントを無言で建てたのだった。
「えっと、まだ夕食までは時間があるみたいだね。どうする?」
思った以上に早く到着したのでまだ夕食は準備中らしく、料理担当らしき大きなテントからは豪快に湯気が吹き出ているのが見える。木箱を持った何人もの兵士達が出入りしているので、おそらく今調理の真っ最中なのだろう。
「それでは、レイルズ様はテントで少しゆっくりなさっていてください。私は、先ほどの件について話を聞いて参ります」
「そうだね。じゃあ悪いけどお願いします。僕、何だかちょっと疲れちゃったからテントで休ませてもらうね」
「はい、お休みになられるのでしたら寝袋を使ってくださいね。今は、体が温まってるのでそれほど感じませんが、かなり冷え込んでいますからそのまま寝ると風邪をひきますよ」
笑顔のラスティにそう言われて、苦笑いして頷いたレイは自分の荷物から寝袋を取り出してラスティに見せたのだった。
いつの間にか現れていたブルーのシルフはそのままテントに残り、ニコスのシルフ達はブルーが寄越した別のシルフと一緒にラスティの肩や頭に座って、一緒に話を聞きに行ったのだった。




