個人走破三日目の出発!
「ううん、寒い……」
翌朝、いつものようにシルフ達に起こされたレイだが、テントの中にいてさえ感じる冷え込みに、思わずそう呟いて寝袋の中へ潜り込んだ。
『起きてくださ〜い!』
『朝ですよ〜〜〜!』
『起きてくださ〜〜い!』
『起きないと髪の毛で遊びますよ〜〜〜!』
前髪を引っ張りながら笑ったシルフの言葉に、レイは慌てて腹筋だけで飛び起きた。
レイの周りから一斉にシルフが驚いて飛び立つ。
「ええ……あ、大丈夫だった」
慌てたように髪の毛を触って、それほどひどい寝癖がないのに気付いて苦笑いしながらそう呟く。
「うう、それにしても寒いよう」
寝袋に入ったまま上半身だけでも脱ごうとしたが、震え上がってそのまままた潜り込む。
「うわあ、テントに水滴がついてる。夜露がすごい」
テント内は、レイ自身の体温である程度温まっているため、外気温との差で夜明け前には夜露が発生する。
ここまで酷いのを見るのは初めてのレイは、目を輝かせて濡れたテントを見上げていた。
「ウィンディーネ、僕とラスティのテントの水滴を払ってください」
なんとか寝袋の中で着替えようとゴソゴソしながら、テントを見上げてウィンディーネにそうお願いする。
レイの声に呼ばれて、テントの上に数人のウィンディーネ達が現れてテントを軽く叩く。次の瞬間にはもう、すっかり乾いたテントになっていたのだ。
隣のテントからラスティの驚きの声が聞こえてレイは小さく吹き出す。
「おはようラスティ。余計なお世話だった?」
「いえ、突然水滴が乾いたので驚いただけです。私のテントまで乾かしていただきありがとうございます。これで濡れたテントを担いで進まなくて済みます」
「どういたしまして!」
テント越しに笑った嬉しそうなラスティの声が聞こえて、レイも笑いながら返事を返した。
「はあ、寒いけど起きなきゃ仕方がないねえ」
諦めのため息を吐いたレイは、モゾモゾと動いて寝袋から這い出して大急ぎで着替えた。
「うう、やっぱり寒い!」
なんとか身支度を整え、寝袋を軽く振ってこれもウィンディーネにお願いして乾かしてもらう。
「おはようラスティ。乾かすから寝袋を貸してください」
「おはようございます。よろしいのですか。これまたありがとうございます」
昨夜、起きてそのまま寝袋を畳んだらちょっと湿気ていたので、今朝は畳む前にしっかり乾かす事にしたのだ。
テントから出たところでラスティに声を掛け、寝袋をもらって外で軽く広げてウィンディーネに乾かしてもらった。
「ありがとうね、姫」
寝袋の上で得意気に胸を張るウィンディにそっとキスを贈り、立ち上がってラスティに寝袋を返す。
「えっと、今朝もちょっとくらい運動出来るかな」
大きく伸びをしながらそう呟くと、見覚えのある第二部隊の兵士が数名駆け寄って来た。手には訓練用の木剣がある。
「おはようございます。朝練をなさるのならお付き合いさせていただきます!」
先頭の曹長が直立しながらそう言ってくれ、レイは満面の笑みで頷いた。
「もちろん、よろしくお願いします!」
レイも笑顔で直立してからそう言い、曹長と顔を見合わせて手を叩き合った。
しっかりと準備運動をしてから、ラスティも加わり順番に手合わせをしてもらったのだった。
「ありがとうございました!」
いつもよりはかなり軽めの、それでもしっかりと朝練を済ませたレイは、軽く汗を拭って下着を着替えてからラスティと一緒に朝食を取りに行った。
「おはようございます!」
笑顔で顔見知りの兵士達と挨拶を交わしながら自分の分をもらってテントへ戻る。
「ここのお料理は美味しくてよかった。量はまあそれなりだけどね」
テントの垂れ幕を上げて敷布に座り、ラスティと笑顔で頷き合ってしっかりとお祈りをしてから食べ始めた。
「ああそうだ。ねえラスティ、ちょっと聞いてもいい?」
レバーフライを挟んだ大きめのパンを齧りながら、顔を上げたレイがラスティを振り返る。
「はい、なんでしょうか? 私で分かる事でしたらお教えしますよ」
ラスティも食べていた手を止めて顔を上げる。
「ラスティはいつ訓練をしているの? 手合わせして分かったけど、あれはちょっと強いとかじゃあないもん。絶対毎日しっかり訓練しているはず。だけど僕、ラスティが訓練しているところって見た事無いよ」
てっきり今日の走破訓練に関する事だと思っていたラスティが、意外な質問に堪えきれずに吹き出す。
「ああ、失礼しました。それは勿論レイルズ様が本部にいらっしゃらない時ですよ」
にっこり笑ったラスティの言葉にレイが不思議そうに目を瞬く。
「例えば、レイルズ様が精霊魔法訓練所へ行かれている時、あるいは夜会や食事会、午前中いっぱい会議へ参加なさっている時などですね。我々従卒は、お互いに仕事を融通し合って時間を作っています。そして主に第二訓練所で数名単位で訓練していますね。まあ時には他の方々とご一緒する事もありますが」
レイは、その言葉に納得したように頷く。
「我々は、執事と違って所属はあくまでも軍属です。ですから当然訓練の義務があります。それに今回のように遠征訓練にも参加しますし、主人が前線へ出撃なさる事があれば共に参ります。もちろん竜の主の場合は共に行く訳にはまいりませんが、その場合はまた別の従卒が現地でお世話をします。国境の砦や巡行の際など、レイルズ様の担当従卒が各地におりましたでしょう?」
「そうだったね」
うんうんと頷くレイをラスティは優しい笑顔で見つめていた。
「ご馳走様でした。美味しかったです」
空になった食器を自分で返しに行ったレイは、嬉しそうに食器を受け取る兵士にそう言い、急いでテントへ戻った。
「じゃあ、テントを片付けたら出発だね。えっと、今日は昨日と同じ槍を持ってこのまま平原を進む事になってるけど、どこが違うのかな?」
昨夜寝る前に、ラスティと一緒に地図は確認してあるが、特に問題があるようには思えない。
いくつか目印となる林があるが直接ルートには関わっていないし、昨日と同じで中継地点までどこも平原をほぼ直線ルートで行けるはずだ。
「もしかすると、今日が当たりなのかもしれませんよ」
同じく槍を持ったラスティの言葉に、レイは満面の笑顔になる。
「そっか、昨日は僕は楽だったけど、人によっては難しいってラスティが言ってたもんね」
「まあ、ですが過度な期待はせずに、気を引き締めてまいりましょう」
「そうだね。じゃあ今日もよろしく」
笑顔で拳とを突き出すレイに、ラスティも笑顔で拳を差し出しぶつけ合った。
「どうぞお気をつけて!」
大きな声に驚いて振り返ると、第二部隊の顔見知りの兵士達が全員整列している。
「はい、では行って参ります! 皆もどうか怪我には気を付けてね! また本部で会いましょう!」
直立したレイが笑顔でそう言って敬礼すると、周りにいた兵士達までもが一斉にその場で直立して敬礼してくれた。
「じゃあ行こう。ラスティ!」
「はい!」
振り返ったレイの言葉にラスティも笑顔で頷き、皆に見送られながら二人は駐屯地を後にしたのだった。




