出発と個人走破二日目の問題点
「うん、美味しい。やっぱりここのお料理担当の人は料理上手なんだね。簡単なメニューなのにすごく美味しい」
用意された朝食を食べながら、レイはずっと嬉しそうな笑顔で何度もそう言っている。
ラスティも全くの同感だったので、笑顔でレイが美味しい美味しいと言う度に一緒になって笑顔でうんうんと頷いていた。
干し野菜が少し入っただけの半透明のスープと、やや硬めの平たいパンを水平に切り、間に薄切りの燻製肉とチーズを挟んだだけの簡単な朝食なのだが、これがまた美味しくて、それなりの量があったのだが二人ともあっという間に平らげてしまったのだった。
「えっと、今日以降の指示に出発時間の指定が無いけど、これってどうなっているの?」
食事の後、カナエ草のお茶を淹れるためのお湯を沸かしている間に、あらためて指令書を確認していたレイが、驚いたようにそう言ってラスティを振り返る。
「ああ、特に指示が無い場合は自分の判断で動いていただいて大丈夫って意味ですよ」
ハチミツの瓶を袋の中から取り出しながらラスティが教えてくれる。
「ええ? つまり出発時間を自分で決めていいって事?」
「そうです。ですが今日も到着時間制限がありますから、あまりゆっくりしていては時間内に次の目的地へ行けません。食事が終わって少し休憩をしたら早めに出発すべきですけれどね」
「確かにそうだね。じゃあこのお茶を飲んだらテントを片付けて早目に出発しよう」
「そうですね。それがよろしいかと」
火から下ろしたヤカンにカナエ草の茶葉を入れながら、レイはそう言って背後のテントを見た。
「まあこれは簡単に畳めるからそれほど時間もかからないね。えっと、この野営地も撤収しちゃうんだよね? お料理の美味しいこの部隊となら、一緒に進みたいくらいだね」
「お気持ちは分かりますね。確かに私もそう思います。願わくば今夜の目的地である野営地の料理人も、ここまでとは言いませんが少しは上手であって欲しいですねえ」
「初日は酷かったもんねえ」
「ですねえ。軍隊経験の長い私でも、あれは史上最低クラスだと思いますよ」
「ええ! 僕、いきなりそれに当たるって酷くない?」
カナエ草のお茶を二人のカップにゆっくりと注ぎながら、レイはケラケラと声を立てて笑っていたのだった。
手早くお茶の道具を片付け、ラスティと協力してそれぞれのテントを撤収したレイは、急いで荷物をまとめ直した。
それから、ラスティと一緒に装備品を管理する部署へ行って指令書を見せて今日の装備品である鋼の槍を受け取る。それから、昨日到着の報告をしたマーシャル中尉を見つけたので、念の為出発の報告をしておく。
「はい、では気をつけていってらっしゃい」
笑顔で敬礼して見送ってくれたので、敬礼を返してから早々に出発した。
「どうかお気をつけて!」
「いってらっしゃいませ!」
「お怪我などされませんように!」
途中、何人もの第二部隊の制服を着た一般兵士達が、槍を手に荷物を担いで出発するレイとラスティを見つけて声をかけてくれ、敬礼して見送ってくれた。
「そっか、ここは第二部隊と第一部隊の混成部隊だったんだね」
敬礼を返したり手を振ったりしながら、早足で歩くレイは嬉しそうにそう言って野営地を振り返った。
「さあ、今夜の野営地はどんなふうかな」
「まずは頑張って時間内に到着しなければなりませんけれどね」
「そうだね。じゃあ今日もよろしく!」
「はい、よろしくお願いします」
握った拳を互いに付き合わせて笑顔で頷き合い、なだらかな草原を二人は並んで早足でまっすぐに進んで行ったのだった。
「ううん、意外に簡単かと思ったけど見晴らしが良すぎるのも問題だねえ」
「確かに、迂闊に進むと方向を見失いがちですし、中継地点の旗はどうやらかなり小さいようで、かなり近くへ行かないと見えないようになっているみたいですね」
「だねえ。遠くからでも見えると思ったのは、甘かったか」
槍に寄りかかって大きなため息を吐いたレイは、一旦止まって周囲を見回し、遠くに見える山並みを地図と見比べて何度も進んでいる方角を確認し始めた。
とにかく見渡す限り真っ平らで目的に出来そうな物が何もないのだ。歩くだけなら昨日よりもはるかに容易だが、二人は何度も立ち止まらなければならなかった。
この、見渡す限り何も無い状態というのは単独で進む際には実は非常に危険で、迂闊に進むと容易に目標の方角を見失って違う方角へ進んでしまうのだ。
そのため、定期的に進んでいる方角が合っているかを立ち止まって確認しなければならない。
現在の太陽の角度、それから竜の背山脈の特徴的な山並みを手元の地図と見比べながらの確認作業はかなり大変なのだ。
「ううん、しかもこのコンパスが微妙に狂ってるのが、これまた困るよね」
大きなため息を吐いたレイの言葉に、真顔のラスティも同じくため息を吐きながら頷いていたのだった。
二人には、一つだけだが方角を示す小さなコンパスが装備品として与えられている。
本来、これがあればこのような平原であっても方角を知るのは容易なはずなのだが、何故か時折立ち止まって確認するとコンパスがおかしな方向を向く事がある。
「竜の背山脈の麓にはコンパスが効かない場所が何箇所かあると聞いたことがあります。どうやらここがその一つのようですね。まだ時間は充分にありますから、焦らずゆっくり確認しながら進んでいきましょう」
眉間に皺を寄せてコンパスを睨んでいるレイの背中を軽く叩いて、ラスティも槍を持ち直して遠くに見える山並みを見回す。
「平地ゆえに一日の走破距離が相当あり、しかし容易には進めないコンパスの狂う場所。ううん、これまた陰険な場所での課題ですねえ」
小さくそう呟いて苦笑いしたラスティは、地図を閉じたレイを覗き込む。
「いかがでしたか?」
「うん、今のところ予定通りに進んでいると思う。この後少しだけど全体に下り坂になっているから、あの草地の色が変わっている辺りまで行ってみよう。当面の目標は、あのとんがり山だよ」
やや特徴的な尖った塔のような山を指差すレイの言葉にラスティも頷く。
レイルズのルート取りは、慎重ではあるがとにかく確実だ。
地図を読み解く能力も高く、どんな場所であっても現在地と方角を見定めるだけの知識もある。
「どうやら前半は、あまり心配する事も無いようですね」
槍を持ち直して進み始めたレイの後ろ姿を見て。ラスティは嬉しそうに小さく呟いたのだった。
ブルーのシルフとニコスのシルフ達は、行軍中はほとんどレイに声をかける事こそしないが、彼が地図やコンパスを手に真剣に方角を見定めている際にはレイの肩に座って、それぞれ真剣な顔で彼がする事を黙って見つめていたのだった。




