天体観測とブルーからの報告
「じゃあ、明日は現場を見てからだけど、一気に走って走破出来そうならそれでいくね」
「はい、私もそれで良いと思います。まあ、この程度ならお教えしても構わないと思いますから言いますが、前半の個人走破の課題には、毎回、当たり外れがあるというもっぱらの噂ですね」
「当たり外れ?」
思わぬ言葉に、レイが不思議そうに目を瞬く。
「はい、個人に与えられる毎日の課題は、達成するのが難しいほどのものと、逆に簡単に達成出来る程度の課題があるのですよ。なのでおそらくですが、明日の課題が、当たり、なんだと思いますね」
その言葉に、レイが小さく吹き出して頷く。
「それってつまり、毎日難しいのばかりだとやる気が削がれるから、簡単に達成出来そうな課題も混ぜておくって訳?」
「まあ、はっきり言うとそういう事でしょうかねえ」
苦笑いするラスティの言葉に、もう一度吹き出したレイは顔の前で小さく拍手をした。
「まあ嘘か本当か知らないけどせっかくの気遣いだから、それなら有り難く楽させてもらおう。だけど、実際行ってみたら泥だらけで全然走れない! なんて展開も有り得るから油断は禁物だね」
「確かにその通りですね。油断は禁物です」
真顔で頷いたラスティに、レイも真剣な顔で頷いてから残りのカナエ草のお茶を飲み干した。
「さて、それじゃあ片付けたらちょっとだけ星を見てから休もうかな」
そう言いながらウィンディーネが出してくれた水でカップを軽くゆすいで片付けると、ヤカンに残った茶葉は火蜥蜴に頼んで燃やしてもらう。同じくヤカンもウィンディーネに頼んで軽くゆすげば片付けは完了だ。
即席のかまどは明日も使うのでそのままにしておく。
ラスティと顔を見合わせて笑ったレイは、横に置いてあった天体盤を手に取り日付と時間を合わせる。
「えっとウィスプ、明かりをお願い出来るかな。小さいのでいいよ」
立ち上がりながらそう言うと、光の精霊が一人だけ現れてレイの頭上にやや小さめの明かりを灯した。
「ありがとうね。じゃあいってきます」
「はい、いってらっしゃい」
そう言ってテントの奥へ向かうレイを見送り、ラスティはすっかり乾いたヤカンに蓋をして袋に入れてからゆっくりと立ち上がって自分のテントへ入っていった。
一方、少し暗いところを求めて篝火の影になる自分のテントの裏側へ向かったレイは、一緒に持って来た敷布を敷いてから地面に座った。
頭上には満天の星が瞬いている。
「うわあ、すごいねえ。これはオルダムにいたら絶対に見えない空だと思うなあ」
嬉しそうにそう呟き、ゆっくりと上を向いたまま仰向けに横になると、時折天体盤を見ながらしばらくの間満天の星を眺めて過ごしていた。
『お疲れさん。無事に初日の課題は達成出来たようだな』
その時、レイの胸の上にブルーのシルフが現れて座った。
「ああ、ブルー。うん、何とか時間内に到着出来たよ。まあちょっと大変だったけど、初日の小手調べとしては充分だったんじゃないかなあ」
『だがその小手調べで、早くも脱落した者がいるようだぞ』
苦笑いするブルーのシルフの言葉に、一瞬目を見開いたレイはゆっくりと腹筋だけで起き上がった。
「えっと、それってつまり、誰かが失格になっちゃったって事?」
「失格どころか、そのまま後送。つまり後方送りで訓練打ち切りだ」
「ええ、どういう事?」
仮に今日の時間制限に間に合わなかったとしても、翌日の訓練には参加出来るはずだ。最悪、目的地まで到着出来ずに遭難したとしても、第四部隊の兵士達がシルフを通じて参加者達の場所は把握してくれているので、救出に来てくれる手筈になっていると聞いている。
それなのに、後送。つまり後方送りになるという事は、訓練を続けられないと判断されたという事になる。
眉を寄せるレイに、ブルーのシルフは呆れたように大きなため息を吐いて右足を指差した。
『マティウスの従卒が救難信号を発した。二人とも無事に第四部隊に救出されたが、マティウスは右足に酷い怪我をしていて、訓練の継続は無理との医師の判断で失格となったのだよ』
「何があったの?」
真顔のレイの言葉に、ブルーのシルフはもう一度ため息を吐いて首を振った。
『道に迷い、怒りに任せて八つ当たりして蹴り抜いた茨が折れて足を傷付けたらしい。馬鹿な事をしたものよ』
呆れたようなその言葉に、レイも呆れたようなため息を吐く。
「ええ、それはちょっと情けないねえ。そっか、じゃあ一人脱落なんだね。二人目にならないように気を付けるよ」
真剣な様子でそう呟くレイに、苦笑いしたブルーのシルフは顔の横へ飛んできて右肩に座ると、柔らかな頬にそっとキスを贈った。
『其方なら、明日も良き成績で与えられた課題を達成出来るだろうさ。我は大人しく見ている故、しっかりと頑張りなさい』
「うん、ありがとうね。ちゃんと頑張るから見ていてね」
笑って嬉しそうにそう言ったレイも、そっとブルーのシルフにキスを返した。
それからもう一度改めて仰向けに寝転がると、そろそろお休みくださいとラスティが呼びに来るまで、滅多に見られない星空をいつまでも眺めていたのだった。




