野営地にて
「よし! 初日の目的地へ無事に到着だね!」
かなり苦労しつつ、もう幾つ目なのか数える気も失せる深い茂みを通り抜けた先にあった草原には野営地が広がっていて、指令書に書かれていた通りに一個中隊が天幕を張っていたのだ。
それを確認した途端にレイとラスティの二人は同時に安堵のため息を吐いたのだった。
「竜騎士見習いのレイルズ、及び従卒のラスティ。指令書に従いただいま到着しました!」
誰に言ったら良いのか分からなかったので、とりあえず一番大きな天幕の側にいた書類を持った士官に直立して話しかける。
「ああ、無事の到着お疲れ様です。今夜の受付担当のマーシャル中尉です」
レイの声に振り返ったその士官は、笑顔でそう言い持っていた書類に目を落とした。
「途中の中継地点の木札はありますか?」
「はい、これです」
レイが自分の小物入れから合計三枚の木札を取り出すのを見て、大きく頷く。
「念の為確認しますが、どのようなルートを通ってここまで来たか分かりますか?」
書類に何かを書き込みながらの質問に、レイは自分とラスティの持っている冊子の地図を取り出して開いて見せた。
「ご確認ください。通って来たルートをできる限り細かく書き込んであります」
差し出された地図に書き込まれた詳しいルートを見て、マーシャル中尉は笑顔で頷いた。
「これは素晴らしい。個人走破の訓練の際の見本に使いたいくらいに完璧なルート取りですね」
そう言って、地図の現在地のページに何やら書き込んでから、自分が持っている書類をレイの地図に乗せて割り印を施した。
これは二枚のずらして置いた書類の両方に重なるように印を押すやり方で、何らかの確認などの際に用いられる方法だ。また割り印の位置は当然だが毎回変わるので、偽造防止の意味合いも強い。
「はい、これで初日の訓練は終了です。お疲れ様でした。奥の柵の中は安全が確認してある場所なので、今夜はそちらにテントを張るように。明日の出発までは自由時間とします。ゆっくり休んで英気を養うように」
地図を返されて、レイは改めて直立した。
「ありがとうございました!」
早速、ラスティと一緒に指示された場所へ行き、まずは自分達のためのテントを設置する。
今夜は使うのは、担いで持って来た装備の中に入っていた一人用の小さなテントだ。
お互いに手伝って二人がかりで手早く二張りのテントを張り終えると、そのままテントの中に荷物を置いて食事をもらいに行った。今夜はレイも自分の分は自分で取りに行く。
良い匂いがしている大きなテントに声をかけて、二人分の食事をもらう。
「うわあ、もも肉が丸ごと一枚焼いてあるよ」
渡されたそれを見て、レイは満面の笑みになった。
大きなお皿の真ん中には分厚いもも肉を一枚丸ごと焼いたのが置かれ、その横に小さな丸パンが二つと茹でた豆がひと匙、それから干し野菜が入った小さなスープの入ったカップが渡されたのだ。カトラリーは、ナイフは無くてフォークとスプーンだけだ。
思った以上に美味しそうで、尚且つ量のある夕食にラスティも笑顔になる。
「ここの料理担当者は、きっと料理が上手いんだろうね」
「そうですね。お腹も空いているので、この量は嬉しいですね」
レイの言葉にラスティも笑顔でそう答えて、顔を見合わせて頷き合う。
椅子はさすがに持って来ていないので、テントの外に敷いた敷布に並んで座った二人はしっかりと食前のお祈りをしてから食べ始めた。
「ううん、塩味もしっかりしているし、ハーブが効いててすっごく美味しい!」
もも肉を豪快に齧ったレイが目を輝かせてラスティを見る。同じくフォークに突き刺したもも肉を齧ったラスティも、レイに負けないくらいの笑顔になる。
「これは美味しいですね。いやあ、これは嬉しい」
満面の笑みで頷き合った二人は、その後はもう夢中になって頂いた食事を平らげたのだった。
「ふう、ご馳走様でした。すっごく美味しかったし、お腹いっぱいになったや。毎日こんな食事だと良いのになあ」
無邪気なレイの呟きに、小さく吹き出すラスティだった。
笑顔で空になったお皿を返しに行ってから、戻ってお湯を沸かしてカナエ草のお茶を用意する。
竜騎士隊の荷物には、お茶を沸かすための小さなヤカンと固形燃料である小さな炭が入っているのだ。
石を積んで即席のかまどを作り、そこに炭を置き火蜥蜴に火をつけてもらう。水はウィンディーネに頼んで出してもらった良き水だ。
湯が沸くまでの間、何となく無言で二人ともヤカンを見つめていた。
「マティウス達やオリヴァー達は、無事に野営地に到着したのかなあ」
周りはもう真っ暗になっていて、空には星が瞬き始めている。しかし、野営地の周囲にはいくつもの篝火が焚かれていてそれほど暗さは感じない。
「さすがに、もういくら何でもこの時間ならそれぞれの野営地に到着していると思いますよ。初日はまあ、ルート取りが少々難しい程度で、それでも今までしっかりと勉強をしていれば、さほど苦労はしないと思いますからね」
「確かにそうだね。明日は槍を持っての行軍だったね。しかも、明日も時間制限付き。ううん、今日みたいなルートだと、かなり苦労しそうだなあ」
持っていた指令書を見ながらレイが考え込みながら小さく呟く。
「レイルズ様。ですが明日はほぼ平原ですね。高低差はほとんどありませんから、恐らく遠くからでも中継地点が見えると思いますよ」
同じく指令書を見ていたラスティが、冊子になった地図帳を開きながら教えてくれる。
「ええ、ちょっと待ってね。そんな楽でいいの?」
驚いたレイも、慌てて持っていた冊子の地図帳を開く。
「あれ、本当だ。これって中継地点まで、どこも一直線に走破出来そうじゃない?」
「そうですねえ。地図を見る限り……そう判断出来そうですねえ」
ラスティも真剣に地図を見ながら何度も頷く。
「ああ、お湯が沸いたね。ちょっと待って」
その時、音を立て始めたヤカンに気がついたレイが、慌てて持っていた茶葉をヤカンの中へ入れて火から下ろす。
「火蜥蜴さん、もういいから火を消してくれるかな。それから使った炭を冷ましてください」
指輪に向かって話しかけると、レイの火の守り役の火蜥蜴が出てきて、真っ赤になっていた炭をパクリと飲み込んだ。次に吐き出すと、もう炭は燃えていなくてすっかり冷めていたのだった。
「ありがとうね」
得意気な火蜥蜴に優しくそう言って背中を撫でてやる。その指先に頬擦りした火蜥蜴は、するりと指輪の中へ戻ってしまった。
「ほら、ラスティのカップを出して」
「はい、ありがとうございます」
ラスティが自分のカップを取り出すのを見て、レイは自分のカップとラスティのカップにじっくりと蒸らしたカナエ草のお茶をゆっくりと注いだ。
「今夜は少しくらいなら、星の観測が出来そうだね」
蜂蜜をたっぷりと注いだお茶をかき混ぜながら空を見上げたレイの嬉しそうな言葉に、昨夜の大騒ぎを思い出したラスティは笑いを堪えて頷くのだった。




