指令書の意味と地図
「うわあ、こりゃあなかなかに厳しい内容だぞ」
「俺もだ。うわあ、予想以上だなあ、こりゃあ」
渡された司令書を手に、オリヴァーとクリストフの二人が顔を突き合わせて苦笑いしている。その横では、マティウス達三人が揃って呆然と手にした司令書を見つめていた。
そしてレイもまた、もらったばかりの指令書を無言で見つめていた。
そこには今日からの前半の個人訓練で与えられる様々な指示が、日ごとに区切って詳しく書かれていた。
ちなみに、当然といえば当然なのだが、ラスティをはじめとしたそれぞれの従卒達もウィリアム大尉から同じような指令書を渡されている。
「そっか、当たり前だけどラスティも指令書をもらってるんだね。えっと内容は同じなの?」
ラスティも真剣な顔で指令書を見ているのに気付いて、横から彼の手元を覗き込む。
書かれている内容は、レイとほぼ同じだったのだが、その下の方には自分には書かれていない幾つかの指示が書かれている。
「補助と救助に関して。ええ、これってつまり……」
書かれている内容を拾い読みして驚きの声を上げる。
「はい。これは仕えている主人に与えられた指示を手伝っても良いかどうかの可否に始まり、万一の事故や怪我があった場合の対応方法、あるいは任務中になんらかの問題があった場合の対応方法を定めた指令書でもあります。我々従卒は、要するに主人が与えられた指示を達成しなければ自分に与えられた指示は達成出来ないようになっています。ですから、主人に指示を達成してもらうようにお手伝いする事が認められているのですよ」
「へえ、そうなんだね。つまり、僕が万一失敗して与えられた指示を達成出来なくて失格になれば、ラスティも一緒に失格になるって事?」
「はい、そうですよ。これは運命共同体と言います。ですがあくまでも私がするのはお手伝いであって、私がレイルズ様に指示は致しません。この意味がお分かりになりますね?」
にっこりと笑ったラスティの言葉に、レイが無言になる。
「えっと、それってつまり、個人戦だけど僕はラスティに指示を出さなきゃいけないって事? ラスティは以前同じ訓練をしてるから、少なくとも僕よりは分かってるのに?」
「はい、そうですよ。私がするのはあくまでもレイルズ様の指示の元でのお手伝いです。ですから、この指示書でやっても良い事とやってはいけない事が詳しく書いてあるのです」
「が、頑張ろうね!」
やや引き攣った顔で、それでも笑顔で目を輝かせるレイの言葉に、ラスティも笑顔で大きく頷き二人で拳を突き合わせた。
「はい、よろしくお願いします。では、ご指示を。時間が惜しいですよ」
指示書を懐にしまったラスティの言葉に、周りにいた他の皆も我に返ったらしく慌ただしく動き始めた。
「それじゃあ。お互い頑張ろうぜ!」
「おう、負けないからな!」
「それじゃあ」
口々にそう言って、荷物を抱えて早足に走り去って行く。
「あれ、出発地点も皆同じじゃあないんだね」
右に左に走り去る彼らを見送りつつ、レイは指令書と一緒にもらった地図を開く。
今回の訓練の敷地全体を描いた大きな地図は、縦横にそれぞれ引かれた九本ずつの線で全部で百個の正方形に分割されていて、縦横にそれぞれ記号と番号が振られている。
そして、それらを組み合わせて読む事で、主発地点やそれぞれの日の目的地などが詳しく定められているのだ。
また別に貰った冊子になった地図帳には、それぞれのページがその地図の分割された交点を中心にした四マス分の正方形をさらに細かく描いた地図になっていて、地形の起伏や川の有無、あるいは通れない危険箇所などの注意事項が詳しく描かれているのだ。
一応、それぞれの目的地兼翌日の出発地点のみ、予め場所が書き込まれている。
「えっと、僕達の今日の出発地点は黒丸の1番だからあっちだね」
手にした冊子を見ながらレイがそう言い、歩き出そうとして急に立ち止まる。
「いかがなさいましたか?」
同じく歩きかけたラスティが驚いて足を止める。もう周りには誰もいない。
「待って。これって慌てて動くと大変な事になるよ」
「はい、伺いましょう」
ラスティの言葉に頷いたレイは、広げた大きな地図を地面に敷き、その横に膝をついて座る。
「今日の指示は時間制限だけど、出発地点と目的地が書かれているだけでルートが定められていない。だけどこれだけ詳しい地図があるんだから、地図からルートを読む事が出来るんだ」
そう言って、レイは真剣に地図を見つめ始めた。
以前ギードから地図の見方を教えてもらった後、ニコスが言っていたのだ。例え初見の場所であっても、事前に地図があればある程度安全なルートは取れるのだと。逆に言えば、一見安全に見える平地であっても地図が無いと非常に怖くて危険なのだと。
ニコスのシルフ達が現れてうんうんと頷いているので考え方としてはこれで 間違っていないのだろう。
「えっと、出発地点はここ。それで目的地が白三角の2番だから一番下の位置から二段上がって東に2マス進む。ラスティ、冊子でまずはこの出発地点周辺の地図を見て」
「はい、こちらになりますね」
レイの冊子と合わせて、まずは出発地点の詳しい地図のページを開く。
「じゃあ、進むならここからこっちだね」
万年筆を取り出したレイが冊子の地図に線を引いていき、次々にそれぞれのページに目的地までのルートを細かに書き込んでいく。二冊あれば違うページ同士を突き合わせて地図をつなぐ事が出来る。
途中に不明な点があればそれを書き込むことも忘れない。
ルート取りが終われば、まずは今日の目的地とそこまでのルートを大きい方の地図にも万年筆で書き込んでいった。
「よし、これでいい。明日以降は今夜確認すればいいね。じゃあ行こうか」
二冊の地図帳には両方に同じルートの線が引かれていて、注意書きなども全て書き写してある。
「はい、よろしくお願いします」
笑顔でそう言ったラスティだったが、内心ではこれ以上ないくらいに驚き感心もしていた。
初日の時間制限は、実はこのルート取りが非常に難しく、下調べも無しに現場へ行って行き当たりばったりで進めばほぼ確実に迷子になる仕様になっているのだ。
一見進みやすそうな獣道などが複数あるのだが、それらは全て引っ掛けで、そのまま進めば確実に迷子になるようになっている。
しかし、今のようにしっかりとルートを取って地図に沿って進めば、きちんと安全に目的地まで進めるようになっているのだ。
気が急いて指令書を貰ったきりろくに地図を見もせずにすぐに出発した者達は、ほぼ間違いなく途中で迷子になって引き返すか初日から失敗の憂き目を見る事になる。
これは、移動の際にある程度の下調べをする事の重要性を理解しているかや、地図を読む知識があるかどうかを調べるための指示であって、時間制限自体には実はそれほど大きな意味は無いのだ。
「さすがですね。これはこの後が楽しみです」
装備を背負ったラスティは前を進むレイの大きな背中を見つめて、嬉しそうに小さくそう呟いたのだった。




