二日目の終了
「ふう、なんとか真っ暗になる前に到着出来たね。よし、二日目の行軍無事に完了だね!」
特に大きな問題や混乱も無く進み続けた部隊は、日が暮れる少し前に無事に目的地へ到着する事が出来た。
嬉しそうなレイの呟きに、ラスティも安堵の表情で頷いていた。
到着した目的地である広い草地には、既にいくつもの巨大な天幕が張られ、立派な本陣が出来上がっていた。
レイ達が泊まる下級士官用の天幕は、本陣からは少し離れた場所に綺麗に並んで張られていた。
ラプトルを担当兵に預けて指定された天幕に入ろうとしたところで集合がかかり、荷物を置いたレイは急いで集合場所へ向かった。
「えっと……」
だがレイが一番最初だったらしく、言われた場所にはまだ誰もいない。
仕方がないので、とりあえずその場で立ったまま待つ。
しかし、なんとなく手持ち無沙汰だったので、その場で軽く屈伸運動をしながら待っていると足音が聞こえて他の皆がやって来た。
「相変わらず真面目だねえ」
先頭にいたマティウスのからかうような言葉に、振り返ったレイは笑って肩を竦めた。
「集まったな。注目!」
彼らの直属の上司であるジェイド大佐とウィリアム大尉が揃ってやって来て、ウィリアム大尉が大声でそう号令をかけた。
即座にマティウス達がレイの隣に並んで直立する。口を開きかけていたレイも、慌ててそれに倣って直立した。
「明日から、まずは個人の行軍訓練が始まる。士官候補生といえども、この訓練での扱いは一兵卒と同じだ。心してしっかりと走るように。明日、六点鐘で起床。朝食の後に指令書を配布するので、それに従って即座に行軍を開始するように」
「其方達の活躍を祈る。以上だ!」
ウィリアム大尉の説明の最後にジェイド大佐が大声でそう言い、レイ達は全員揃って敬礼をした。
そのまま解散となり、下がって行く二人を見送ったレイ達は、顔を見合わせて小さなため息を吐いた。
「はあ、いよいよ始まるぞ」
「どんな課題が出るんだろうなあ」
「大体、初日は時間制限だって聞くぞ」
マティウスの呟きにフェルダーとアイズナーも苦笑いしつつそんな事を言っている。
「俺達もそう聞いているなあ」
「恐らく、皆の話の通りに明日の課題は時間制限だろうさ。だが、慣れない初めての場所のいきなりの移動で時間制限はかなりきついぞ。お互い怪我をしないようにしないとな」
一番年長のオリヴァーの言葉に、皆も真剣な顔で頷く。レイもラスティから聞いていたので、真剣な顔で頷いた。
「それじゃあな。まあ、お互い頑張ろうぜ」
軽く手を上げたマティウスがそう言って、フェルダーと並んで同じ天幕へ入って行くのをレイは無言で見送り唐突に真っ赤になった。それから慌てて軽く咳払いをして誤魔化し、早足で自分の天幕へ駆け込んで行ったのだった。
マティウスとフェルダーの関係を知っているアイズナーは、そんなレイの様子を見て吹き出し、状況が全く分からないオリヴァーとクリストフの二人は、一人笑い転げているアイズナーを見て揃って不思議そうに首を傾げていたのだった。
それから、そんな二人を見てニンマリと笑ったアイズナーの内緒話に、オリヴァーとクリストフも揃って吹き出し、三人揃って大笑いをしていたのだった。
『今夜も星が綺麗だぞ。せっかくなのに見に行かないのか?』
相変わらずの食事をそれでも残さず頂き、ようやく自由時間になったが、明日の装備の確認をラスティと一緒に行ったあとは敷布の上に寝転がったまま、レイは天幕の中で天体盤を見つめたまま外へ出ようとはしなかった。
そんなレイを見て、ブルーのシルフがからかうように髪を引っ張りながら話しかける。
「さすがに昨日の今日で、同じ目に会うのはゴメンだよ。別に星空は逃げないからね。それは明日の楽しみにしておきます」
苦笑いしながらそう言って、今日の日付に合わされた天体盤を見ながら小さな欠伸をする。
「ふああ、じゃあ少し早いけどもう明日に備えて今夜は早寝するね」
腹筋だけで軽々と起き上がったレイは、天体盤を片付け畳んであった寝袋を取り出して敷布の上に自分で広げた。
「おや、もうお休みになりますか? 申し訳ありません、すぐに準備します」
先ほどレイが使った湯を返しに行ったラスティが天幕に戻って来たところで、寝袋の準備をしているレイを見て慌ててそう言ってくれる。
「うん、ちゃんと自分で準備するよ。ほら、これでいいんだよね?」
寝袋を広げて少し空気を入れるように何度か叩いて引っ張り、枕代わりにする布の入った袋を半分に折って見せる。
「はい、それで結構ですよ。では、私も今夜はこれを書いたら早めに休ませていただきますね」
ラスティは手にしていた報告書を見せて小さく笑う。
「ご苦労様。それじゃあ先に休ませてもらうけど、明かりは遠慮せずに使ってね」
笑顔でそう言うと、レイが差し出した右手に光の精霊が一人現れて明るい光を放った。
天幕の中は小さなランタンが一つあるだけなので、それほど明るくは無い。文字を書いたり読んだりするのがやっと程度なのだ。
「おお、これはありがとうございます」
ふわりと自分の手元へ飛んで来た明るい光の球を見て、ラスティは嬉しそうにそう言って、簡易机に報告書を置いて万年筆を取り出して書き始めた。
笑顔でそれを見たレイは、ベルトと襟元を緩めて靴と靴下を脱ぐと寝袋を開いた。
「おやすみなさい。明日もラスティにブルーの守りがありますように」
「おやすみなさい。明日も蒼竜様の守りがレイルズ様にありますように」
振り返ったレイの言葉に手を止めて顔を上げたラスティが笑顔でそう返し、レイが寝ている側のランタンの前に別の板を立てかけて光を遮る。
顔を見合わせて笑顔で頷き合い、レイは寝袋の中へ潜り込んで目を閉じた。
それを見た何人ものシルフ達が、レイの胸元や寝袋の隙間へ潜り込んだりして、一緒になって眠るふりを始めたのだった。
出遅れた何人かのシルフ達は、レイの真っ赤な髪をゆっくりと引っ張ったり撫でたりしてかなり遠慮しながら遊び始めるのだった。
『おやすみ、良き夢を』
ブルーのシルフがふわりとレイの枕元に現れ、静かな寝息を立て始めたレイの柔らかな頬にそっと想いを込めたキスを贈ったのだった。




