ラスティとの語らい
「えっと、ラスティ。さっきのお話の続きを聞かせてください」
午後からの行軍が始まって間も無く、レイはゆっくりとラスティの乗るラプトルの側にゼクスを寄せながら小さな声でそう話かけた。
「ああ、お食事の時の話ですね」
レイを見たラスティが笑顔で頷く。そのまま二人はラプトルを並べてゆっくりと進みながら話を始めた。
「先程少し話しましたが、我が国の陛下は近隣諸国への不可侵を表明しておられます。ですから基本的に我が国から国境を超えて他国へ侵攻する事はありません。これは、古の誓約にも関係する重要な事なのだと聞いております」
やや低い声で話すラスティの言葉に、レイの右肩に座って一緒に話を聞いていたブルーのシルフが真剣な顔で大きく頷く。
『確かに。この国の歴代の王は皆、古の誓約を尊び国境不可侵の誓いを立てておる。良き事だ』
重々しいブルーの言葉に、レイが驚いたように右肩を見る。
「国境不可侵の誓い? えっと、つまり国境を超えて攻め込まないって事?」
『そうだな。まあ実際には詳しく言えば他にも色々と誓約はあるのだが、国としてはその考え方で良い。攻められれば守るが、国境を超えて仕返しをする事は無い。そう言う意味だよ』
確かに、今までに教わった過去の国境を巡る戦いでも、タガルノの軍勢を国境まで押し戻せば良い。とされている。
『まあ、今の国境は三国の同盟の末にタガルノとの大きな戦いを経て定められた国境であって、正確には古の誓約当時の国境とは大きく異なっておるのだがな』
「ええ? いいの?」
驚いて目を見開くレイに、ブルーのシルフは優しく頷いた。
『以前も言った事があると思うが、大切な事は我らが覚えているよ。この古の誓約の重要なところは、統治者が無駄な野心を持たず、足るを知る、と言うところに意味があるのだよ』
「へえ、そうなんだ」
無邪気に感心するレイの様子に、ラスティも苦笑いしている。
「まあ、そのような事情があるので、実際の戦闘の場合、始まる時は間違いなく唐突な越境による侵攻と攻撃からです。また一番最初の戦場となるのが、地理的にも広く開けていて国境に一番近い十六番砦ですね。過去のタガルノとの国境での紛争も発端は全てここからとなっています」
それも習った事なので、真剣な顔で頷く。
「つまり、守る側にしてみれば、通常の任務の真っ最中に突然前触れもなく戦端が開かれるわけですから、事前の準備も何もあったものではありませんよね。今ある兵力と装備で、即座に最善の対応をせねばなりません。作戦や陣形を考えている余裕は全くありませんよ。何しろ、目の前に既に攻めて来ている勢力がいるのですからね、特に初戦は先攻側が圧倒的に有利ですから、即座に対応出来なければずるずると攻め込まれてしまって、致命的な結果を招きかねません」
真剣な顔で頷くレイを見て、ラスティも頷く。
「つまりそう言う事です。同じ場所に全員集合して、さあ今から戦いの開始! なんて事は、まず有り得ません」
「た、確かにそうだね……」
「増援の兵力は時間を置いてやって来ますから、陣を張る際にも今ある兵力で基本の陣を張り、増援が来ればそれに応じて本陣も大きくするのが基本です。今まさに目的地で始まっているのは、後方支援部隊の兵達の本陣を張る際の訓練でもあるのですよ」
「そっか。僕達は、言ってみれば開戦直後に到着する増援部隊って事?」
「そうですね。まあ、形としてはそれが一番近いでしょうか」
笑ったラスティが、自分の腰に装備した剣を軽く叩く。
「まず、到着すると始まるのが、少し説明しましたが個人の力量を測る意味の強い、個人単位での徒歩の行軍訓練です。これは日によって様々な指令が与えられます。それをこなしつつ、時間内に目的地へ到着出来れば任務完了。時間内に到着出来ない。または与えられた指令を達成出来なければその訓練は失格となります。まあ、大学の単位と違って失格したからどうと言う事はありませんが、結果は当然ルーク様や竜騎士隊の皆様に届けられますので、あまりみっともない結果を残すと、それこそ一生言われる事になりますよ」
「ええ、どんな指令があるの?」
慌てるレイを見て、ラスティが苦笑いして肩を竦める。
「私が新兵の頃に初めて遠征訓練に参加した際は、初日は時間制限。二日目は装備の一部にわざと不備がある状態で始めさせられ、行軍中に不足分を補いつつ時間内に目的地へ到着する事でしたね。三日目はさらに酷くて、実質二人分の装備を持ち、更には大人一人分の重さの人形を担いで足場の悪い泥の湿地を目的地まで走る、でしたね。これは毎回行軍訓練の際に出される定番の指令なのですが、正直言ってあれが一番きつかったですね」
「うわあ。聞いただけで大変そう。僕にはどんな指令が出るんだろう」
鞍上でそう言って軽く身震いしたレイは、小さく深呼吸をしてからブルーのシルフを見た。
「今の話を聞く限り、ブルーは一緒に来てくれても確かに手出しはあまり出来なさそうだね」
『まあ、一応手出しはせぬようにと白竜の主に言われておるからな。よほどの緊急事態にでもならぬ限り、我は大人しく見学している事にするゆえ、あまり当てにするでないぞ』
「分かってるよ。頑張るからブルーはそこで見ていてね」
笑ってそっとブルーのシルフにキスを贈ったレイは、一つ深呼吸をしてから背筋を伸ばして前を向いた。
「目的地まであともう少しだね。今夜はもう一泊は天幕で寝られるの?」
「はい、そうですね。明日以降は個人装備の小さなテントでお休みいただく事になります」
「運動場で張る練習をしたあのテントだね。それなら大丈夫だと思うな」
「そうですね。なかなか成績優秀だったと聞いておりますから、期待していますね」
にっこり笑ったラスティの言葉に、苦笑いしつつ頷くレイだった。
ニコスのシルフ達は、レイの頭の上で髪の毛に埋もれながら一緒に今のラスティとの話を聞きつつ、自分達は張り切ってお手伝いをする気満々になっていたのだった。




