二日目の出発準備
「あの、レイルズ様……いかがなさいましたか?」
持って来た朝食を、いつものようにお祈りをしてから食べ始めたのはいいのだが、食べている間中彼の眉間には深い皺が寄っていて、一言も喋らずに黙々と無言で食べているのだ。
「お口に合いませんか。申し訳ございません」
そう言って小さなため息を吐いたラスティは、自分も食べている硬いパンに挟まれたこれ以上薄く切れないくらいにペラペラの燻製肉を見た。しかもこの燻製肉は保存が効くように塩味がかなり強めになっているので、食べ慣れない者には塩味ばかりが口に広がり正直言ってあまり美味しくはない。
いつも機嫌よく食事をしている彼が、ここまで嫌がるのも納得出来て何だか申し訳なくなった。
「え? ううん、これはまあ……そりゃあ美味しいって言ったら嘘になるけど、別に食べられないわけじゃないから構わないよ。せっかく料理担当の人達が朝から用意してくれたんだもの。感謝して残さずいただくよ」
ラスティの呟きに、驚いたように顔を上げたレイは、齧り掛けのパンを見ながら慌てて首を振ってそう言った。
「そうですか。それなら何か気がかりでも?」
何となく予想はつくが、あらためて言葉にして尋ねる。
「ううん、色々……ちょっと考え事です」
「私ではお役に立ちませんか?」
苦笑いしながらそう言うと、レイは小さなため息を吐いてから首を振った。
「ごめんね。もうちょっと自分で考えてみます。もしかしたら意見を聞くかもしれないけど、今はいいです」
「そうですか。では頑張って考えてみてくださいね。何か困った事があれば、いつでも質問は受け付けますので」
また真剣な顔で何やら考え込みながら食べ始めたレイの横顔を見て、ラスティはそれ以上は何も言わずに一緒に黙って食事を続けた。
「ご馳走様でした。えっと、出発までにこの天幕も畳むんだよね。手伝うよ」
せっかくだから、こんな大きな天幕をどうやって組み立ているのか見てみたかったのだが、苦笑いしたラスティに止められてしまった。
何でもこれらの天幕は、専門の工兵達が来て設置してくれた物らしく、レイ達が出発した後にこれらを撤収してくれるらしい。
「へえ、てっきりラスティが設置してくれたんだと思ってたけど、そっか、設置の専門家がいるんだね」
天幕を見上げながらレイが感心したように何度も頷いている。
「まあ、普通の数名用のテント程度なら、もちろん私でも設置くらいは出来ますが、さすがにこの大きさはちょっと無理ですね」
ラスティも天幕を見上げながらそう言い、笑って肩を竦めた。
「では参りましょう。そろそろ集合時間ですよ」
手早くまとめた荷物を持ちながらそう言うと、レイも自分の荷物を抱えてひとまず背中に背負った。
これは、ゼクスの鞍に取り付けるレイの荷物の分だ。
「明日からの行軍の荷物って多いの?」
今のレイが持っているのは、一番基本となる装備なのでいつも竜の保養所へ行く際に持っている荷物とさほど変わらない程度だ。
「そうですね、今お持ちの基本装備に加えて寝袋と簡易テントと敷布、あとは追加の水筒と携帯食。怪我の為の基本的な薬のセットもお渡しします。レイルズ様は、カナエ草の薬と茶葉と蜂蜜も必要になりますから、他の方よりも少し荷物が増えますね」
「何だ、その程度なら大丈夫だよ。伊達に鍛えてないからね」
もっと重装備になるのかと覚悟していたが、その程度なら大丈夫だろう。
「後は、レイルズ様ならおそらくですが槍を持っての行軍になると思いますね。これは人によって与えられる装備が違うので何とも言えませんが」
「槍を持たなくちゃ駄目なら、片手が常に塞がる事になるね。ううん、ちょっとそれは大変かも」
実際に進む場所がどの程度の状況なのかにもよるが、長い獲物を持っての森の中の行軍はかなり大変だと予想される。
「まあ、今日は本陣の予定地までは平和ですから、ゆっくり体を休めておいてください。正直に申し上げると、考え事をしていられるのも本陣までだと思いますよ」
苦笑いするラスティの言葉に、レイは驚いてラスティを振り返った。
「そんなに、大変?」
「まあ、決して楽ではありませんねえ。私もこの森林の行軍訓練は久し振りですから、レイルズ様の足を引っ張らないように頑張らないといけませんよ」
その言葉に、レイは息を飲んだ。
「ええ、そんなに大変なんだ。よし、僕の方こそラスティに迷惑かけないようにしないとね。ああ、ありがとうございます」
その時、担当兵がゼクスの手綱を引いて来てくれたのでお礼を言って受け取り、一旦会話は中断して、持っていた荷物を自分で手早く取り付けて軽々とゼクスにまたがる。
「えっと、どうかしましたか?」
たった今、ゼクスの手綱を引いて来てくれた二等兵が、ゼクスの側に立ったままレイを驚きの表情で見上げていたのだ。
「い、いえ。失礼しました。どうぞお気をつけて!」
慌てて下がって直立したその二等兵が、敬礼しながらそう言ってくれたので、レイは笑顔で頷いて鞍上から敬礼を返し、同じくラプトルに乗ったラスティと一緒に並んで集合場所へ向かった。
通常ならば、初めて遠征訓練に参加する士官候補生達は、ほとんどの場合まだ軍内部での経験が浅く、普段のような横柄な態度が通じると思っている貴族の若者が多い。荷物の取り付けは当然のようにやらされるし、下手をするとラプトルに乗るのを手伝わされる事さえある。
なのに、竜騎士見習いのレイルズ様は、ラプトルを引いて来た二等兵である自分に当たり前のようにお礼を言ってくれただけでなく、当然のようにご自身で装備を整えて軽々とあの大きなラプトルに乗り、笑顔で敬礼を返してくれさえしたのだ。
「さすがは古竜の主だよなあ。やっぱりお人柄からして、そこらの貴族の馬鹿息子とは違うよ」
感心したようにその後ろ姿を見送ったその二等兵は、さっそく仲間達にレイルズ様の今の様子を話そうと思って、嬉々として戻って行ったのだった。




