ルークへの報告
「こんな感じでね。もういきなりだったからびっくりしたなんてもんじゃあなかったんだよ! ちょっとルーク! 酷いよ。幾ら何でも笑い過ぎだって!」
天幕内に結界は張ってあるので、聞かれる心配は無いからいつも通りの声の大きさで話をしている。
レイは目の前に並んだルークの声を届けてくれている伝言のシルフ達のうち、先頭の子がしゃがみ込んで大笑いしているのを見て笑いを堪えて文句を言ったのだが、その言葉に、またしてもシルフが大笑いしてそのまま床に転がり、最後にはレイも一緒になって大笑いしていたのだった。
一応、元気があれば夜にでもその日にあった事を報告してくれよな。
ルークからそう言われていたのを思いだしたので、ラスティが湯を持ってきてくれて軽く汗を拭って着替えた後にシルフ達に頼んでルークを呼び出してもらった。天幕内にはラスティもいるが気にせずそのまま話をしている。
そして、一緒に行動した彼らの様子を話し、最後に実はね、と前置きしてから先ほどあった目撃談を話して聞かせたのだ。
ルークはもう話の途中から笑っている事を隠しもせず、最後は椅子から床に転がり落ちて、それでも大笑いしていたのだった。
『いやあ開始早々にいきなりそれは中々に刺激的な展開だなあ』
ようやく笑いの収まったルークのシルフが、腕を組んでしみじみとそんな事を言う。
「刺激的なんて話じゃないって。驚きすぎて僕の心臓が止まっちゃったらどうしてくれるんだよ」
こちらもようやく笑いの収まったレイが、先ほどラスティに言ったのと同じ文句を言う。
『あははそれで殉職はちょっと情けなさすぎるなあ』
「だよねえ。僕も嫌です!」
即座に断言するレイの言葉に、またルークのシルフが吹き出していた。
『まあそんな奴もいるって程度に思っておけばいいさ』
『ただしお前自身に手を出して来るような奴が万一いたら』
『そこは遠慮無く殴り返していいぞ』
『シルフで吹っ飛ばすのも有りだ』
「ええ、そんな事していいの?」
驚くレイに、ルークのシルフは大きく頷く。
『同意の無いそういった行為は暴力と同じだよ』
『だから抵抗の権利があるからそこは遠慮するな』
『ただし殺すなよ』
苦笑いしながら教えてくれるルークのシルフの言葉に、レイは頷きつつもう一度大きなため息を吐いたのだった。
「本当に大丈夫かなあ僕。先が思いやられるよ」
情けなさそうに小さく呟いたその言葉に、ルークのシルフはまたしても大笑いしていたのだった。
『言っておくけどそんな事して遊んでいられるのも今だけだって』
『前半の行軍訓練は相当きついと思うから覚悟しておけよ』
『まあ今のお前なら大丈夫だとは思うけどさ』
優しいその言葉に、レイは少し考えてからルークのシルフを見た。
「えっと、ラスティもそんな事を言ってたけど、前半の行軍訓練って具体的には何をするの?」
正直言って、行軍訓練と言われてもレイには何をするのかさっぱり分からない。
『ああ……もう教えてもいいかな』
小さく笑ったルークのシルフが、ひとつ頷いてレイを見る。
『行軍訓練は文字どおり』
『行軍』
『つまり軍を進めるための一番基礎となる訓練だ』
座り直して居住まいを正したレイは、真剣な顔でルークの話を聞いている。
『行軍訓練は基本的に全装備を持って徒歩で移動する』
「全装備を持って徒歩?」
『そう全装備を持って徒歩だ』
ゼクスがいるのに、どうしてわざわざ歩くのだろう。意味が分からず目を瞬くレイに、ルークのシルフは小さく笑った。
『例えば今のお前はラスティ達が建ててくれた天幕の中にいるだろう?』
『簡易とはいえそこには机や椅子もあって湯も少ないとはいえ用意してあり』
『寝袋も用意してくれてある』
まさにその通りなので、驚きつつも頷く。
『だけど行軍訓練が始まればそんな贅沢は出来ないぞ』
『装備は自分が持てる分だけだから天幕なんて持てない』
『せいぜいが着替えの下着と寝袋や敷布程度』
『携帯食や水筒も自分の分は自分で持たなければいけない』
『まあお前は水は自力確保出来るけどさ』
『それでも最低限度の水は持つように言われる』
『当然武器も持っての移動だ』
『わかったか?』
『それだけでも相当な重さになるって』
真剣なルークの言葉に、レイも真剣に頷く。
「つまり、僕も今聞いたみたいな装備一式を担いで、徒歩で移動する」
『しかも指定された地点まで自力で移動だ』
『前半は個人戦だからな』
『お前はラスティと一緒に移動する事になるけど』
『自分の荷物は自分で持てよ』
「も、もちろん自分で持ちます!」
慌ててそう言うと、ルークのシルフは笑って頷いてくれた。
『進む場所も道なんて当然無いし』
『足場も悪いから怪我の危険は常にある』
『まあ森育ちのお前なら大丈夫かもしれないけどさ』
『足元には十分注意しろよな』
「分かりました。気を付けます」
蒼の森では基本的な移動は全てラプトルに乗っての移動ばかりだったので、実を言うと徒歩で森の中を長距離に渡って移動した経験はほぼ無い。強いて言えばゴドの村にいた頃くらいだ。
しかしあの頃は小さかったので、森に入ったと言ってもごく浅い決まった場所ばかりで、ある程度の下草は刈られていたし、獣道のように踏み固められた道もあったのでそれほど大変だった記憶は無い。
「初見でそんなところを重装備で進まなきゃいけないのなら、確かに怪我をしないように充分注意する必要があるね」
真剣な様子で呟くレイに、ルークのシルフも真剣な様子で大きく頷いていたのだった。




