報告と相談
「星を見に行かれていたのですよね? あの……本当に、どうかなさいましたか?」
天幕の中に入るなり、その場にしゃがみ込んでしまったレイを、振り返ったラスティが心配そうに見ている。
しかしレイは、今見たものをラスティにどう説明したらいいのか全く分からなくてパニックになっていた。
「えっと……」
真っ赤な顔で首を振るレイを見て、これは明らかに様子がおかしいと判断したラスティが手にしていた寝袋を置いて駆け寄って来てくれる。
「とにかくこちらへ」
しゃがんだきり握りしめたままの天体盤を見て、それ以上は何も聞かずにゆっくりと腕を掴んで引き上げて立たせてくれる。
そしてそのまま用意してくれてあった椅子に座って大きなため息を吐くレイを、ラスティはなんとも言えない顔で見つめていたのだった。
「何かありましたか?」
しばらくしてレイが落ち着いたのを確認してから、椅子に座ったレイの前にラスティがしゃがんで下から顔を見上げるようにして、優しい声でそう話しかけてくれる。
「えっと……」
しかし、いつものように直ぐには答えずに明らかに目が泳いでいるレイを見て、ラスティは真顔になる。
「では質問を変えます。誰かに何かされましたか?」
「えっと……」
真顔のラスティと真正面から向き合ってしまい、戸惑うように眉を寄せたレイは、小さく首を振った。
「大丈夫だよ。別に、何もされていません」
そう答えながら、レイは頭の中で考えていた。
確かに何もされてはいない。
キスしているのを見ただけで、別に叩かれたわけでも殴られたわけでもないのだから嘘はついていない。
「では、質問を変えましょう。何を見ましたか?」
苦笑いするラスティの次の質問に、口を開きかけたレイが真っ赤になる。
「おやおや」
明らかにラスティの質問に答えられずに慌てているレイの様子を見て、ラスティは何があったのかおおよその見当をつけた。
「さしずめ、星を見ようと暗がりを探していて……最中に出くわしましたね」
「さ、最中って?」
「まあ、まだ行軍が始まったばかりで皆様お元気ですからね。今のうちにと考えるお方がいても不思議はありません。その様子を見るに、レイルズ様が顔や名前を知っている方でしょうね。となると、見習いの方の誰か……ですね」
「ふわあ! どうして分かるんだよ〜〜〜!」
なんとも情けない悲鳴を上げて頭を抱えながら、赤くなったり青くなったり忙しいレイの顔色を見てラスティが思わず吹き出す。
「ラスティ?」
咎めるようなレイの声になんとか笑いを収めたラスティが一つ深呼吸をする。
それから軽く咳払いをしてからレイの腕を叩いた。
「まあ、こういった遠征訓練などの場合。最初の頃と最後辺りに、正直申し上げてそう言った事例が多々見受けられます。ある程度は皆見て見ぬ振りを致しますが、あまり目に余るようであれば私から大佐に報告いたします。ちなみにどなたでしたか?」
「ど、どなたって言うか、その……」
無言で先を促すラスティに気圧されて、レイはまた頭を抱えた。
「あのね、ラスティの言う通りで、星があんまり綺麗だったから天体盤を持って星を見に外に出たの。それで松明の明かりの影になっているところへ行ったらさ……」
「はい、どうなりましたか」
口籠るレイを見て、真剣な顔のラスティがそう言って先を促す。
「えっとね、誰かが暗闇の中に寝転んでいたのに気付かないで、僕、その人達の足を踏みそうになったんだ。それで慌てて謝ったの。だけどそんなところに寝転んでる意味が咄嗟に分からなくて……その……そんなところで何をしてるのって、具合でも悪いのかなって、聞きました」
吹き出しそうになるのをなんとか堪えたラスティが横を向いて咳き込むのを見て、レイは大きなため息を吐いた。
「いいよ笑っても、ひどい質問だと今なら分かるって。その、マティウスとフェルダーだった。二人とも上着を脱いで、フェルダーのシャツはほぼ脱げかけてて肩が見えてたよ」
「その、大変失礼ですが……レイルズ様は彼らが何をしていたかお分かりになっておられますか?」
困ったような顔のラスティに、レイはもう一度大きなため息を吐いて頷いた。
「分かってる。ああいうのって男の人同士でも出来るんだね。二人は僕を横目で見ながら、その……キスしてました」
最後は消え入りそうな小さな声でそう言い、また真っ赤になる。
ようやく状況が分かったラスティは無言で頷き、ゆっくりと立ち上がる。
確かに野営初日からいきなりこれではレイルズ様なら真っ赤にもなるだろう。
「御二方の従卒に後程それとなく一言申し上げておきます。まあ、その程度ならお目こぼしの範囲ですが、突然の事で、レイルズ様には少々刺激がきつかったですかね」
「少々なんてもんじゃなかったです。もうびっくりしすぎて心臓が止まるかと思ったもん」
「おやおや、遠征先で心臓が止まってしまっては困りますねえ。私が竜騎士隊の皆様になんと言われるやら」
困ったように笑って肩を竦めるラスティの言葉に、レイも堪らず吹き出す。
「そんなので殉職は僕も嫌だなあ。まあ次からは気をつけて、星を見る時は明るい場所で観測する事にするよ」
膝の上に置いたままだった天体盤を机の上に置きながら、レイも困ったようにそう言って笑う。
「明日、本陣となる場所に到着して、前半の行軍訓練が始まればもう正直体力的にそれどころではなくなりますからね。それに、他の見習いの皆様と一緒に行動するのも本陣到着までです。その後は基本的に各部隊単位での行動になります。そこからは基本的に私が常にお伴しますので、何かありましたら遠慮なくなんでも聞いてください」
「分かりました。ラスティが一緒にいてくれたら心強いや。よろしくねラスティ」
苦笑いしつつも素直に喜ぶレイを見て、ラスティも笑顔になる。
「恐らく前半の行軍訓練は相当大変なきつい訓練になると思われます。今のうちにゆっくり休んで、体調を整えておいてくださいね。汗をかいておられるでしょうから湯をもらって来ますので、少々お待ちください」
一礼して天幕から出て行くラスティの後ろ姿を見送り、レイはもうこれ以上ないくらいの大きなため息を吐いた。
「ううん、初日からこれとか先が思いやられるや。訓練がきついとか、怪我の危険があるとかは心得てたけど、こういう展開は全然予想していなかったや。ううん何だかものすごく疲れたよお」
もう一度ため息を吐いて天幕の天井を見上げながらそう呟くレイを、少し離れたところからブルーのシルフとニコスのシルフ達が苦笑いしながら見つめていたのだった。




