出発と不安
「へえ、いきなり指揮する部隊と一緒に行動するのかと思ってたけど、どうやらそういうわけでも無いみたいだな」
苦笑いしながら口を歪めたマティウスの言葉に皆も頷いている。
時間だと言われて、大急ぎで装備を確認して集合場所にラスティ達従卒と共に全員揃って向かったのだが、特に集まっての訓示も無く、ジェイド大佐の指示でラプトルに乗ってそのまま揃って行軍となってしまった。
「それにどうやら今回の遠征訓練は、俺達は元々の指揮官殿の指導の元で指揮の訓練をするようだな」
一番年長のオリヴァーの言葉に、レイも同じ事を思っていたので真剣な様子で頷いた。
今の彼らは、一塊になって一緒に行動している。しかし、本来であれば指揮する予定の部隊と一緒に行軍するはずなのにそれが無いという事は、恐らくだがこのまま本陣となる遠征訓練の予定地まで移動して、そこから各部隊ごとに分かれての訓練となるのだろう。だが、それがどのようなものになるのかは一切知らされていないので、ここでは想像するより他はない。
「えっと、皆は先輩達からどんな訓練になるのかとか、教えてもらったりはしていないの?」
やや控えめな声で、隣にいたマティウスに聞いてみる。
「ううん、どうやら初めて遠征訓練に参加する奴には教えないってのが伝統らしくてさ。色々聞いて回ったんだけど、皆笑って、行けば分かる。とか、大丈夫だって。とか言う程度で、具体的な事は教えてくれなかったんだよな」
「へえ、そうなんだ。だけど実際の指揮のやり方や作戦立案の考え方なんかは教えてもらってるでしょう?」
「そ、そりゃあまあ一応は……」
なぜか視線を逸らしてそっぽを向くマティウスを見て、レイは意味が分からなくて首を傾げている。
「レイルズ、マティウスは座学の成績が散々でさあ。一応今お前が言ったみたいな講義は一通りは受けてるんだけど、俺達三人の中でも最悪の成績なんだよ」
彼らの後ろにいたフェルダーとアイズナーの二人が、揃ってにんまりと笑いながら教えてくれる。
「お、お前らだって大した違いは無いじゃないか! 揃って居残りだったくせに、俺ばっか駄目みたいに言うんじゃねえよ!」
ムキになってそう言い返すマティウスを見て、レイは思わず小さく吹き出す。
「ああ、笑うな! じゃあ、そう言うお前はどうなんだよ!」
他の四人も、興味津々でレイを見ている。それから、実は彼らの会話もどんどん声が大きくなっていて、周りを歩く兵士達にも聞こえているのだ。
チラチラとこっちを気にしている兵士達に気付かず、見習い達は無邪気に話をしていた。
「ええ、一応僕も一通りの勉強はしたと、思うよ……」
マイリーやルークから、まあこの程度出来れば大丈夫だろうと及第点はもらっているが、本当にそれが実際の現場で、どれくらい通用するのかは全く分からないのだ。
「一応かよ!」
マティウスの突っ込みに、レイは誤魔化すように笑って肩を竦めた。
「だって、実際の戦場も実際の用兵も、それこそ指揮の出し方一つにしても、僕は全くと言っていいほど知らないんだからさ。これで大丈夫だって言えたらそっちの方が怖いって」
「いやまあ、そりゃあそうだろうけどさあ……」
あまりに不安気なレイの言葉に、マティウスも何と言っていいのか分からず口ごもる。
「レイルズ。それ以上は言うな」
さらにレイが口を開こうとした時、いきなりオリヴァーが真顔でそれを止めた。
「不安に思うのは皆同じだ。だが周りを見ろ」
小さな声でそう言われて、レイはその時初めて周りの兵士達がこちらの様子をチラチラと見ている事に気が付いて慌てる。
「で、でも、しっかり勉強したから、きっと大丈夫だと思うよ!」
今更だが、一応そう言っておく。
まだチラチラとこっちを見ている兵士達を見て、レイは戸惑いを隠せなかった。
「うわあ、いきなりやっちゃったよ。あれだけルークに言われていたのに。僕、気を抜き過ぎ」
小さくため息を吐いて首を振ると、改めて胸を張って背筋を伸ばす。
ゼクスの頭の上に座ったブルーの呆れたような視線に気付き、もう一度こっそりと小さくため息を吐いたレイだった。




