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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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遠征前の勉強とキムの密かな心配

「平気で……平気で嘘を? そんなの駄目だよ!」

 焦って首を振るレイに、ルークが片眉を上げて見せる。

「まあ、これはあくまでもものの例え。そんな極限状態になるような事はそうは無いだろうけどな。だけど一応そんな考え方もあるって頭の片隅にでも覚えておけばいいさ」

 それでも納得いかないとばかりに眉を寄せるレイを見て、ルークが苦笑いする。

「今、お前が言った通りさ。それが実際に正しい指示かどうかはこの際問題じゃない。おどおどと自信無さげな様子で指示を出す上司と、何があろうとどっしりと構えて自信にあふれて見える上司。何も分からない部下がついて行きたいと思うのはどっちの上司だと思う?」

「そ、それは……」

「な、それが正解。まあ実際には、戦局が急激に変化していて、前線で戦っている兵士達には何がどうなっているのか見えない事も多い。だからこそ、今ある情報で、出来る限り正解に近い判断が即座に出来る奴が優秀な上司になる訳だ。マイリーのように、前線から一歩下がった位置で全体を見て指示をする事が出来る参謀でもいればまた別だろうけどな。まあ俺達竜騎士がそんな状況になる事はそうは無いだろうけど、実際の戦場では何があるか分からないからな。だから、そんな考え方もあるって覚えておけって言った訳」

 どうやら今の説明で少しは納得してくれたようで、これまた真剣な表情で考え込んでしまった。

「まあ、行くまでに渡した資料はしっかりと読み込んでおくといい。質問はいつでも受け付けるからな」

「分かりました。ありがとうございます」

 小さく頷き、改めて資料を読み始めたレイを見て、ルークは黒板に描いた略図を消していった。



「ううん、難しいよう」

 書きかけの資料から顔を上げたレイは、小さくそう呟いてこっそりため息を吐いた。

 翌日から遠征に出かける直前まで、レイは毎日朝から晩までひたすら事務所に詰め切りになって机に向かっていた。

 実際に何をしているのかというと、ルークから渡される課題をひたすらこなしていたのだ。

 具体的に何をしているのかというと、渡された資料を元にして、彼が指示する事になる一個中隊への命令の仕方や、実際の一個中隊への展開指示のやり方などを、具体的に考えてまとめるのを繰り返していたのだ。

 今までやった事の無い、ある意味具体的で実践的な勉強だった。

 出来上がったものは即座にルークかマイリー、あるいはヴィゴが目を通して判断してくれる。一つの課題に対する時間制限が設けられているので、のんびりと参考資料を探しに行く間も無い。

 レイはとにかく、必死になって与えられるそれらの課題を考えて解き、時にはこっそりニコスのシルフ達にも教えてもらいつつ、大きな間違いや失敗をする事もなく、なんとかそれなり格好がつくくらいにはまとめられるようになっていった。



「はあ、もう明後日には出発だよ。僕、本当に大丈夫かなあ」

 その日、いつものように朝練に参加したレイは、マークやキム達と一緒にいつものように準備運動をこなしながらも、ついそう愚痴らずにはいられなかった。

 数日前に訓練所で会った時に、彼が遠征訓練に参加するのでしばらく訓練所はお休みするのだと言う話を聞いていたので、密かに苦笑いしつつもマークもキムも愚痴るレイに黙って付き合ってくれた。

「まあ、そんなに無茶な事は言われないし、しないって。これも勉強だと思って気軽に行ってくればいいさ」

 屈伸運動をしながらの小さな声のキムの言葉に、マークも同じく屈伸しながらこっそり笑って頷く。

「そうは言うけどさあ。実際に行った先でまず何をどうするのかすら、僕には全然分からないんだもん。不安にもなるって」

 口を尖らせて眉を寄せつつ、レイも屈伸運動をしながら小さな声でそう答える。

「そっか、考えてみたらレイルズには実際の従軍経験って無いのか」

 マークが顔を上げながら、ふとそんな事を呟く。

「そうだね。えっと、カウリのいた後方部隊へ第四部隊からの応援要員の二等兵として行ったのと、竜の面会期間に、第二竜舎へ同じく二等兵として行ったくらいだね」

 起き上がって背筋を伸ばして大きく伸び押しながらレイが答える。

「今までどれだけ過保護な環境にいたんだよ。それでいきなり遠征訓練ってか。ううん、ちょっといきなりすぎる気もするけど、まあこれも経験なのかね」

 苦笑いして小さくそう呟いたキムは、少し考えてルークを振り返った。

 ルークはカウリと二人で、顔を寄せて何やら楽しそうに話をしている。

「まあ、ルーク様にも考えがあるんだろうけど、この時期に遠征訓練って事は、場所は恐らく竜の背山脈の麓の遠征場だろう。って事は久々の第一部隊との大規模な合同訓練って事じゃんか。あの荒くれ連中と一緒に遠征訓練って、世間知らずのレイルズにはちょっと相手が悪い気がするんだけどなあ」

 少し心配そうに、キムは小さくそう呟いてこっそりため息を吐いた。



 三人の中では一番年上で軍隊経験もそれなりに長いキムは、竜の背山脈にある遠征場にて数年に一度行われる大規模な遠征訓練に参加した事がある。当然第四部隊の一般兵としての参加だったので、ひたすら装備を背負って行軍した前半と、後半は第四部隊の新人士官候補生の元で、部隊単位で行われた実戦さながらの訓練にも参加している。

 なので、実際にどういった事をするのか、ある程度のことは想像がつく。

 だが、実はキムは少し前に密かにルークから連絡をもらい、遠征訓練に関して、あまり具体的にどんな事をするのか話さないように頼まれているのだ。

 どうやら彼らは、レイルズの実戦での判断力や対応力を見たいらしい。なので、予備知識が無い方が都合が良いのだろう。

「まあ、レイルズなら大丈夫だとは思うけど、これは友人として心配くらいはしてやるべきだよなあ」

 もう一度密かなため息を吐いたキムは、荷重訓練のために重りの入った箱を取りに行った二人に気が付き、慌ててその後を追ったのだった。

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