上に立つ者の心得
ルークは、黒板を使って実際の陣の配置を描きながら、それらの陣の展開方法や攻撃を指示する際の考え方や具体的な指示の仕方など、レイが精霊魔法訓練所の高等科で習っている戦略と兵法をより実践的にした詳しい話をしてくれたのだった。それらの予想以上に詳しい具体的な問題例やその解決策に、レイだけでなく、ブルーのシルフやニコスのシルフ達も必死になって話を聞いていたのだった。
レイはそんなブルーのシルフやニコスのシルフ達を見る余裕も無く、ルークの話す言葉の一つでさえも決して聞き逃すまいと必死になってメモを取り続けていた。
一通りの説明が終わったその後は、レイからの質問を聞いてくれたので、先ほどの資料を開きながらレイも遠慮なくいくつも質問をしては、その度に教えてくれる詳しい解決方法やものの考え方の説明をとにかく必死になって聞いたりメモを取ったりしていたのだった。
「まあ、こんな感じかな。せっかくの機会なんだから、実際に前線に出る兵士達と直接接して、彼らから詳しい話を聞いておいで。とは言ってもその辺りは具体的にどうなるかは、お前の上司となる士官が考えて配慮してくださるだろうから、そこがどうなるかは今から心配しても始まらないって」
そう言ってルークは笑っているが、予想以上の大変さにレイには笑う余裕なんて全く無かった。
眉を寄せて、真剣な顔でメモ書きだらけになった先ほどの散らばった資料を見る。
「本当に大丈夫かなあ。僕自信無いです」
大きなため息と共に資料を整理しながら情けなさそうな声でそう呟く。
黒板を消していたルークは、そのあまりに自信無さげな様子を見て小さく首を振った。
「レイルズ。一つ教えてやるから心して聞け」
一転して真剣な声でそう言われて、顔を上げたレイが慌てて居住まいを正す。
「はい、聞かせてください」
ルークの目を見てはっきりと言う。
「上に立つ人間は、もしも本当に自信が無かったとしても、決して自信が無いなんて人前で声に出して言うな。何故か分かるか?」
突然の問いに、困ったようにレイが首を振る。
「ラピスには当然だけど分かってるよな?」
『当たり前だろうが。だがそれを我が今ここで、その答えを言っても良いのか?』
当然だとばかりに、レイが整理したばかりの書類の上に現れてそう言うブルーのシルフをレイは驚きの目で見つめている。
『どうだ? 本当に分からないか?』
振り返ったブルーのシルフに優しい声で改めてそう問われて、もう一度眉を寄せたレイは困ったように小さく首を振った。
『分からなければ考えてみなさい。何故、自信が無いと言っては駄目だと思うね?』
「何故、言っては駄目か……」
急に無言になって考え始めたレイを、黒板の前に立ったままのルークは真剣な顔で見つめている。
ブルーのシルフもまた、真剣な顔で考え込むレイを見つめていた。
「えっと、この場合はなぜ言ってはいけないかというと……」
自信無さげな小さな声の呟きに、ルークは何も言わない。
「声に出してはいけない。つまり、言った事を人に聞かれるのが駄目だって意味ですよね?」
「まず一つ正解だ。じゃあ、何故人に聞かれるのが駄目なのか分かるか?」
「それは……」
また質問されて無言になる。
「それは……」
「うん、いいから何でも言ってごらん」
優しいルークの言葉に小さく頷いたレイはブルーのシルフを見た。
「たとえば僕が何かで困っている時、ブルーに相談したとする」
その言葉に、小さく笑ったブルーのシルフが頷く。
「えっと、そうすれば、ブルーは、一緒に考えてくれたり、時には、答え自体を、すぐに、教えてくれたりもする。その様子は、いつでも自信たっぷりだから、僕は、安心してその答えを、いつだって素直に信じられる」
恐らく考えをまとめながらの言葉なのだろう。いつも以上につっかえながらのその言葉を、しかしルークは遮ることもなく、辛抱強く真剣に聞いてくれている。
「うん、成る程ね」
頷いたルークの言葉に、レイも小さく頷いてため息を吐いた。
「だけどもしも、その時に、ブルーにもよく分からないけど、多分そうなんじゃないか? とか、自信は無いけど、こうなんじゃないか……みたいな言い方をされたら、きっと安心して素直に信じられないと思う。何でも知ってるブルーでさえも知らないのなら、尚更不安になったり、時には怖気付いたりすると思う。ましてや、出来る訳無い、なんて言ってるのを聞いたりでもしたら、もしかしたらブルーの事さえ信じられなくなるかもしれない」
つっかえつつも真剣な様子で言葉を紡ぐ。
「だから、きっとそう言う事なんだよ。軍隊では階級が上の人の命令は絶対だって聞いたよ。それなのに、その命令を出してくれる上官が、自信が無い、とか、出来る訳無い。とか言ってるのを聞いたら、きっと部下の人達は不安になると思う。そんな自信の無い命令なんて、聞けるか! って思ったりもするかもしれない。もしかしたら、その上司の人そのものを信じられなくなるかも知れない。それは、それは軍としては、絶対にあってはならない事……なんだよね?」
最後はルークの様子を伺うようにしつつそう言ってから、自分を落ち着かせるかのように胸に手を当てて一つ深呼吸をする。
「お見事。まあ、ほぼ正解と言っていいな」
笑ったルークが、そう言って拍手をしてくれる。
今度は安堵のため息を吐いたレイを見て、ルークはレイの肩を叩いて笑った。
「それを踏まえた上で覚えておけ。たとえどれだけ自信が無くても、不安で足が震えそうになっていたとしても、平気な顔で、大丈夫だと平然と指示を待つ部下達の前で嘘をつけるようにならないと、部隊の指揮なんて出来ないぞ」
予想外の言葉に驚きに目を見張るレイに、真顔のルークは大きく頷いたのだった。




