シルフ達の内緒話
「あれあれ、相当ひどい寝癖だったのに今日は簡単に解れたんだね」
いつものようにラスティと執事の二人がかりで寝癖を直してくれたのだが、何故か普段よりも早いくらいの時間で綺麗に直す事が出来て、レイは驚きつつそう言って自分の前髪を引っ張った。
周りでは、何か言いたげなシルフ達が彼の周りを態とらしく飛び回っている。
「そっか、お手伝いしてくれたんだね。いつもありがとうね」
そもそもこのひどい寝癖の原因の大半は彼女達による悪戯なのだけれど、レイは笑ってお礼を言う。
『だって頼まれたんだもん』
『だからお手伝いするのは当然なの』
『ね〜〜〜!』
『ね〜〜〜〜〜〜!』
「ええ? 頼まれたって、誰に?」
予想外の答えに、レイが驚いてシルフ達を見上げてそう尋ねる。
『内緒なの〜〜〜!』
『内緒なの〜〜〜〜!』
『ね〜〜〜!』
『ね〜〜〜〜〜〜!』
楽しそうに笑いながら揃ってそんな事を言うシルフ達を見て、レイも笑いながら腕を組んで考える。
「えっと、今の話をまとめると……恐らくラスティが彼女達に寝癖を解くお手伝いをお願いしたって事だよね。ええ! もしかしてラスティも精霊が見えるようになったの!」
勢いよく振り返って自分を見つめて目を輝かせるレイの言葉に、ラスティは慌てたように顔の前で手を振った。
「いきなり何をおっしゃいます。私には普段の彼女達は見えませんって。伝言のシルフのように彼女達がお仕事をしてくれる時には、白い影のような姿が見える程度ですよ」
「ええ、じゃあどうやってラスティが彼女達にお願いをしたの?」
心底不思議そうにそう尋ねるレイの表情を見て、ラスティはにっこりと笑った。
「それは内緒です」
「ええ、ずるい〜〜〜!」
予想外の答えに、吹き出しつつも文句を言うレイだった。
そんな彼らを見て、周りにいたシルフ達も大喜びで口の前に指を立てた。
『内緒なんだもんね〜〜〜〜!』
『内緒なんだもんね〜〜〜〜!』
『ね〜〜〜〜〜〜!』
「ええ、僕だけ仲間はずれ〜〜〜!」
笑いながらも文句を言うレイを見て、シルフ達は大喜びで内緒だ内緒だと何度も言いながら楽しそうに笑い合っていたのだった。
朝昼兼用になった食事の為に食堂へ行ったレイは、いつもよりもかなり控えめに食べて、デザートがレイの大好きなチョコレートパイなのを見て悲しそうに眉を寄せた。
ウィンディーネ達が出してくれた良き水のおかげでひどい頭痛はなんとか治ったものの、まだ胃袋は本調子ではない。
かなり控えめな食事を頂いたが、その上にこれを食べる元気は無かった。
「うう、せっかくのチョコレートパイなのに〜〜〜!」
取らずに戻って来はしたが、カナエ草のお茶に蜂蜜をたっぷりと注ぎながらまだ未練があるらしくチョコレートパイが並んだカウンターを見ている。
「レイルズ様。では後ほどお部屋へ届けてもらいますので、午後のおやつになさってください。その頃ならきっともうお腹の具合も復活しているのでは?」
苦笑いしたラスティの提案に、振り返ったレイは嬉しそうにうんうんと頷いた。
「素敵な提案をありがとうラスティ! じゃあそれでお願いします!」
「了解しました。大きめにカットしてもらいますからしっかり食べてくださいね」
「じゃあもう大人しくしてようっと。えっと、そう言えば午後からの予定ってどうなってるんですか?」
数枚だけ取ってきたビスケットを齧りながらそう尋ねる。
「はい、夕方には夜会の予定が入っていますが、それまでは事務所で事務仕事ですね。そろそろ他の皆様方もお目覚めになっておられるはずですから、順次事務所にお越しになると思いますよ」
「そうなんだね、了解です」
何か手伝える事があるだろうか。
のんびりとそんな事を考えつつ、もう一枚ビスケットを手にした。
いつもよりも少しゆっくりとお茶を飲み、二杯目のカナエ草のお茶をカップに注いでいると、丁度マークとキムが食堂に入って来るのが見えて、レイは目を輝かせて二人に向かって手を振った。
「あれあれ、見つかっちゃったな」
「みたいだな。仕方がない」
顔を見合わせて小さな声でそう言って笑った二人は、こっちに向かって嬉しそうに手を振るレイに一礼してからトレーを持って列に並んだ。
「お疲れ様。今は何をしてるの?」
山盛りの料理を取って隣へ来てくれた二人に、レイが嬉しそうに話しかける。
「はい、新しい顔振れでの講義が始まっています。それに今回は何度か実技の講習も有りますので、これがなかなか大変で苦労しています」
「この前作った資料の分だね」
「はい、その節は大変お世話になりました」
いつもとは違う他人行儀なその言葉使いにレイが悲しそうな顔になる。
「だから、いつも言ってるだろうが。公私混同は駄目だって!」
少し前屈みになって顔を寄せたキムが、小さな声でレイを嗜める。
「そりゃあ分かってるけどさ。でも嫌なの」
「だったら頼むから、聞き分けてくれって」
同じくパンを取りながら少しかがみ込んだマークも呆れたように小さな声でそう呟く。
「分かってるけど、嫌なものは嫌なの!」
頑固なその言葉に揃って大きなため息を吐く二人を、ラスティは苦笑いしながら眺めていたのだった。




