内緒の話
「それじゃあもう戻るね。新しい講義、大変だと思うけど頑張ってね。またいつでも言ってくれたらお手伝いくらいするからね」
扉の前で振り返った笑顔のレイの言葉に、すぐ後ろで見送っていた二人も笑顔になる。
「おう、本当に助かったよ。ありがとうな」
「本当だよ。おかげで次の作業に早めに取り掛かれるよ。お疲れさん、ゆっくり休んでくれよな」
「うん、僕は大した事はしていないって。僕よりマークとキムの方こそ、夜はちゃんとベッドで寝てよ」
態とらしく少し怒った口調でそう言うレイに、二人は慌てて居住まいを正した。
「もちろんです! 寝る事と食事は疎かにしていません!」
「今後もしないと約束します!」
「はい、よろしい」
満足気に頷くレイの言葉に、三人は揃って吹き出し笑い合った。
「それじゃあ本当に戻るね。お疲れ様」
笑顔で手を振って出ていくレイを敬礼して見送り、姿が見えなくなってから部屋に戻った二人は揃って顔を見合わせて大きなため息を吐いた。
「あいつは本当に……」
「だよなあ。自分のしている事に無頓着過ぎるって」
そう言ったきり無言でもう一度顔を見合わせた二人は、揃って天井を見上げた。
「ええと、ラピス様。いらっしゃいますか?」
遠慮がちなキムの呼びかけに、すぐにブルーのシルフが姿を表す。
『ここにおるぞ。いかがした』
ふわりと飛んで、二人のすぐ目の前に来る。
「あの、余計なお世話かと思いますが……」
「先程レイルズが言っていた、エケドラの彼らの元へ、シルフ達がまじない紐を届けたっていう話です」
「あれは絶対に、それこそ竜騎士隊の方であっても話さないようにした方が良いのでは?」
『何故にそう思う?』
何か言いたげに、しかし平然と尋ねるブルーのシルフの言葉に、二人は揃ってまた大きなため息を吐いた。
「それは当然です。シルフを通じて出来るのは、あくまでも言葉や仕草をそのままに伝えるのみ」
「これは精霊魔法を使う者達にとっては常識とも言える事です」
「それなのに、物を遥か遠方に、人が届けるよりもはるかに早く届ける事が出来ると知られれば、今の物流の在り方そのものの根幹を揺るがしかねない事態に陥る可能性があります」
「軍関係者がそれを知れば、間違いなく兵糧や武器をもっと楽に大量に届けられると誰もが考えるでしょう」
「実際にはそう簡単な事ではないのだとしても、それが出来るのだと知られれば、人の欲望は簡単に膨れ上がります」
「それはどう考えても、一部の者達の考えがよくない方向に向くでしょう」
「つまり、これならもっと簡単に戦争が出来る。と」
身を乗り出すようにして必死になって口々に話す二人の言葉を、ブルーのシルフは黙って聞いているだけだ。
当然、ブルーはシルフをここに寄越した時点で、部屋に強力な結界を張って、会話は一切外に漏れないようにしている。
『成程な。軍人である其方達がそれを言うか』
面白がるような口調のブルーのシルフの言葉に、またしても二人揃って大きなため息を吐く。
「ラピス様、面白がっている場合ではありません」
やや咎めるようなキムの言葉に、ブルーのシルフは喉の奥で笑う。
『ああ、すまんすまん。其方達があまりにも真っ直ぐなのでちょっと感動していた。大丈夫だよ。あれはあくまでも降誕祭の贈り物だ。いわばシルフの気まぐれの一つでもある。我であっても、彼女達に強制は出来ぬよ。第一、あんな小さなまじない紐を届けるだけでも決して簡単な事ではない。今其方が言ったように任意の物資を大量に遠方へ送るなど、そもそも我であっても到底無理な話だ。当然、シルフ達にも出来ぬよ。まあもしも、なんらかの方法でシルフ達を縛り無理にやらせようとしたら、怒ったシルフ達は、言われた物資を全部まとめて精霊界へ放り投げてしまうだろうな』
面白がるようなブルーの言葉に、マークとキムも呆れ顔だ。
「物語なんかで、たまにシルフに人や物が精霊界に飛ばされる話を聞きますが、あれって本当に出来るんだ」
「うわあ、それはそれで、また別の意味ですごい発見かも」
乾いた笑いと共に震える振りをしながらそう呟く二人の様子を、ブルーのシルフは面白そうに眺めている。
『まあ、言うたところでこんなとんでもない話など誰も信じぬさ。だが、忠告は感謝するよ。改めてレイにも誰にも言わぬように話しておこう。なので、其方達も忘れてくれると嬉しいのだがな』
肩を竦めるブルーのシルフの言葉に必死になって頷きつつも、もう一度乾いた笑いをこぼした二人だった。




