整理整頓とは
「おお、すげえ。机が見えたぞ!」
「あはは、本当だな。この机を見るのはいつ以来かなあ」
手慣れた様子でレイがせっせと資料を整理してくれたおかげで、書類とメモと、何が何だかわからない紙と羊皮紙の束に埋もれて全く見えていなかった机の面が、ようやく顔を出したのだ。
「もう、二人とも整理整頓って言葉の意味を一度辞書で引くといいよ」
呆れたように腰に手を当ててこっちを見ているレイの言葉に、マークとキムは顔を見合わせて揃って肩を竦めた。
「さあ、そんな言葉は見た事も聞いた事もないよなあ。お前、あるか?」
「いやあ、俺も未だかつてそんな言葉には出会った事も聞いたこともないよ」
「だよなあ」
「だよなあ。痛っ!」
「痛い!」
笑ってふざけていると、二人揃ってレイに分厚い本で頭を叩かれてしまい、わざとらしく悲鳴を上げて頭を押さえてしゃがみ込んだ。
「もう、いい加減にしなさい! ごめんね、痛かったよね」
レイはそう言って笑いつつ、二人の頭を叩いた分厚い本に向かって謝って丁寧に撫でてから、整理した木箱の本の山の一番上に置いた。
それを聞いた二人が、立ち上がりながら揃って吹き出す。
「よし、これでなんとか僕が資料を読む場所が出来たね」
振り返ってそう言い、先程とは打って変わって広くて綺麗になった机の上を満足気に眺める。
「うわあ、すっげえ、こっちの移動した資料もちゃんと整理されてる」
「本当だ! すっげえ! ううん、これは最早一つの才能だよなあ」
綺麗に小分けされた資料の入った木箱を見て、まるで他人事のように二人が感心している。
「はあ、これはちょっと大変だったねえ。本気で整理代を請求しようかなあ」
「やめてくれ〜〜〜!」
「俺達よりはるかに高給取りのくせに、貧乏人を苛めないでくれ〜〜!」
肩を回しながら笑ったレイの言葉に二人が揃って悲鳴を上げて、それから顔を見合わせて同時に吹き出した三人は大爆笑になったのだった。
その後、レイはマーク達が特別資料室から持って来た資料を見せてもらい、初めて見る精霊魔法の構築式に関する論文や、精霊魔法の失敗による暴走と思われる報告書などを、顔も上げずに夢中になって黙々と読み進めた。
マークとキムもそれぞれ手にした資料を見ながら、真剣にメモを取ったり資料の下書きを始めたりしていた。
しばらくの間、部屋には紙の擦れる音とペンの走る音だけが聞こえ、それは日が暮れて窓の外が真っ暗になり、いつもなら食事に行っている時間を過ぎても続いていた。
レイとマークの二人が呼び出した光の精霊達が照らしてくれる部屋の中で延々と作業を続けていた三人だったが、最初に顔を上げたのはキムだった。
彼は算術盤を手に構築式の難しい計算をしていてようやく終了したところだ。
「うああ、終わった。体がバッキバキになってるし、目が霞んでるぞ」
眉間を揉みながらそう呟いて、大きなため息を吐いてから背もたれにもたれかかる。
「ふう、こっちも一段落かな。ううん、これはどれも初めて見る内容だったね。これは確かにすごいや」
読んでいた羊皮紙の束をまとめたレイも、そう言って腕を伸ばして大きく伸びをする。
「ああ、もうこんな時間なんだ。それじゃあまずは食事に行こうか」
立ち上がって伸びをしてから部屋に置かれたランプの火を灯して回ったマークが、光の精霊を戻しながらそう言って、その場で軽く飛び跳ね始めた。
一日事務仕事をしてると、どうしても体がこわばって固くなる。なので定期的な軽い運動は必須なのだ。
隣にいたレイも、それを見て飛び跳ね始める。
それを見たマークが、もう少し飛び跳ねる高さを高くして思いっきり飛び跳ね始める。
それを見たレイが、笑ってもっと高く飛び跳ねる。さらにマークも力一杯飛び跳ね始めた。
二人はケラケラと声を立てて笑いながら、しばしのジャンプ対決を楽しんだのだった。
「ああ、もう駄目だ。お前の足はどうなってるんだよ!」
しかし、持久力でも跳躍力でも個々の能力の差は歴然としていて、結局マークが情けない悲鳴を上げて床に転がって降参したところでジャンプ対決は終了となった。
「お前らは全く、何をしてるんだよ。子供か」
ジャンプ対決には参加しなかったキムの呆れたような声に、レイとマークが顔を見合わせて吹き出す。
「なんだよ。キムも参加したかったのか。それならもう一回やるか? レイルズは強敵だぞ」
「誰がするか! 無駄に体力を使うんじゃあねえよ」
笑ったキムが顔の前でばつ印を作り、またしても三人揃って吹き出したのだった。
『全く、其方達は相変わらずだなあ』
頬にキスをくれつつも呆れたようなブルーのシルフの言葉に、すっかりご機嫌なレイは声を上げて笑ってブルーのシルフにそっとキスを返したのだった。




