ワインと友達
「お届けものですよ〜〜!」
すっかり見慣れたマークとキムが仕事部屋にしている会議室の扉を、レイはノックしながら嬉しそうにそう言って抱えていた木箱を持ち直した。
「はい、今開けます!」
中から声が聞こえて、すぐに扉が開かれる。
「はい、お届け物だよ。それと午後からはもう自由にしていいって言われたから、夜まで資料作りのお手伝いが出来るからね」
「うわあ、それは有り難いです! ありがとうございます!」
廊下からこっちの様子を伺っている兵士達がいるのに気付いたキムが、大きな声でそう言ってそっと扉を閉めてくれた。
「えっと、これはどこに置けばいいかな?」
いつも荷物を置く場所にしている扉の横には、今はいくつもの木箱が積み上がっているのを見て、木箱を抱えたままのレイはマーク達を振り返る。
「ああ、それは持ってきた資料や本が整理して入ってるんだよ。じゃあ、持ってきてくれたその木箱はこっちへ置いてくれるか」
キムが壁際の開いたところを示して駆け寄ってくる。
「了解、じゃあそこに置くね」
そのまま木箱を持ったレイが嬉しそうにそう言って言われた場所に荷物を下ろした。
「それで、一体何を持って来てくれたんだ? 新しい本か何かか?」
興味津々のキムの言葉に、マークも駆け寄って来て木箱を覗き込む。
「あれ? 本かと思ったら……ワイン?」
「あれ、本当だ。ワインだ」
木箱の蓋を開けて中を見せると、マークとキムは嬉しそうにしつつも何故ワインをわざわざレイが持ってきてくれたのがが分からなくて揃って首を傾げている。
「ほら、見てよ」
赤のワインを一本取り出してマークに渡す。
「うわあ、手書きのラベルだ。綺麗な風景……」
「うん? どうした?」
ラベルを見ていたマークが不意に黙り込むのを見て、キムが首を傾げながらマークの手元を覗き込む。
「ええ! これって……」
ラベルの醸造所の名前を確認したキムも、そう言ったきり言葉が続かない。
「エケドラから届いた、今年の新酒だよ。ゲルハルト公爵閣下が手配してくださったんだ。たくさん本部に届いたから、二人にも飲んでほしくて持って来たんだ。昨日の夜会で、この赤とロゼのワインを頂いたよ。すっごく、すっごく香り豊かな……美味しいワインだったよ」
少し涙ぐみつつ話すレイの言葉に、マークとキムは大きく頷いた。
「そっか。これはテシオスとバルドが作ってくれたワインなんだな」
無言で頷くレイの背中をマークが黙って撫でてくれた。
「じゃあ、これは資料が仕上がってから、落ち着いてゆっくりと味わって飲ませてもらおうぜ」
「そうだな。確かに今これを開けたら、絶対期限内に資料が仕上がらないって」
ワインを持ったマークの言葉に、キムも苦笑いしながらそう言って頷く。
「確かにそうだね。じゃあこれはここに飾っておくよ」
レイも笑って大きく頷くと、マークの手からワインを取り上げて戸棚の一番上のよく見える位置に置いた。
「うわあ、そこに置くか」
「うわあ、絶対嫌がらせだ! 俺じゃあ届かねえよ!」
三人の中では一番背が低いキムの悲鳴のような叫び声に、同じ事を思っていたマークは堪えきれずに大きく吹き出したのだった。
何しろ、一番背が高いレイが、伸び上がって乗せないと手が届かない高さなのだ。
「ふ、踏み台って何処にあったっけ?」
「任せろ。ちゃんと用意してある」
笑いながら踏み台の心配をするマークの言葉に、腕を組んだキムが大真面目に答えたものだから、レイまで一緒になって吹き出してしまい、三人揃って大笑いになったのだった。
「いや、別に持って来てくれたワインは一本だけじゃあないんだから、飲みたきゃこっちから取ればいいんだよな」
ようやく笑いも収まった三人だったが、木箱の中を覗きながらのキムの呟きにまたしてもレイが吹き出してしまい、いつまでも笑いが止まらない三人だった。
「はあ、笑った笑った。もう笑いすぎて腹が痛いって」
しばらくしてようやく落ち着いたところで、キムが大きく深呼吸をしながらそう言い、マークとレイも揃って笑顔で何度も頷いていた。
「それで、特別資料室はどうだったの?」
笑顔のレイの言葉に、二人は満面の笑みで大きく頷く。
「おう、そりゃあもうすごいなんてもんじゃあなかったよ」
「しかも、本来なら持ち出し禁止の資料まで、特別に許可を出してくれて期限付きだけど貸し出してくれたんだよ」
「だからまずは、期間限定で借りてきた資料を元にして、今日はいくつか下書きを書く予定なんだ」
「ほら、レイルズも読んでくれよ」
目を輝かせて口々にそう言って入り口横に置かれた木箱を指差す二人だったが、机の上は相変わらず様々な資料が山積みになって散らかっているし、空いた場所にも描きかけの下書きや構築式を書いた紙が散乱しているので、レイが使えそうな場所が残っていない。
「ううん、そりゃあ僕もその資料を是非とも読ませて欲しいけどさあ。でもまずは、ちょっと机の上だけでも片付けようよ。貴重な資料が、どこかに紛れ込んだりしたら大変だよ?」
腕を組んで、わざとらしく呆れたような口調でそう言うレイを見て、小さくなった二人は顔を見合わせてからそれぞれの机の上を片付け始めたのだった。