夜会と今年の新酒
「やっぱり格好良いなあ」
会場の隅で小さくため息を吐いたレイは、新しくもらった貴腐ワインを飲みながらそう呟いた。
レイの視線の先には、真っ白な竜騎士の制服を着たカウリが、ワイングラスを片手ににこやかに話をしているところだ。
真っ白な竜騎士の服を着て背筋を伸ばし、やや硬い癖毛の髪を上げたカウリは文句無く格好が良い。
初めて出会った時は猫背の無精髭で、胸板ももっと薄かった。実際にはそれなりに鍛えていたのに、猫背で姿勢が悪かった為に殊更体格が貧弱に見えていたのだ。しかし今の彼にはそんな面影は全く無い。
ヴィゴのような筋骨隆々と言う訳ではないが、制服の上からでもしっかりと鍛えているのが分かる。
今朝の朝練での竜騎士隊総当たりの激闘の一件はすっかり有名になっていて、その話を聞きたがっている人達が大勢いる。
今も何人かの士官の人達が集まり、カウリの隣にはヴィゴも加わってその話をしているところだ。
この竜騎士隊全員との朝練での総当たり戦は、聞いた通りに竜騎士隊の伝統だったらしく、カウリがどこまで勝ち抜けられたのかを皆聞きたがっていた。
そして、カウリがマイリーを倒してヴィゴと対決して敗退、最後の殿下との直接対決の直前まで行ったと聞き、集まった軍人達は本気で驚いていた。
そして今までの歴代の竜騎士達の叙任直後の朝練での総当たり戦の時の話題も出て、レイは目を輝かせて詳しい話を聞いていたのだった。
「ああ、こんなところでサボってる」
からかうような声に振り返ると、ロベリオとユージンがワイングラスを片手にこちらに歩いてくるところだった。
今夜の夜会は当然だがカウリが主役で、レイは一通りの挨拶が終わった後はのんびりとワインを楽しむ余裕もあったのだ。
「サボってるわけじゃあないです。この貴腐ワインに合うチーズはどれか考えていたんです」
近くの机の上のお皿に並んだ、様々なチーズを指差すレイの言葉に二人が吹き出す。
「あはは、そりゃあ失礼した。それでレイルズ君の見解を聞かせてもらおうじゃあないか」
「お勧めはどれ?」
「えっと、僕が今飲んでいる貴腐ワインは甘めなので、このグラスミア産のやや硬めのチーズがいいと思いますね。しっかり塩味が効いているので、味の変化が楽しめます」
ちょっと胸を張って得意げに話すレイの様子を見て、二人は笑って拍手をしてくれた。
「おお、さすがだなあ。確かに貴腐ワインにはこういうのが合うよ」
「じゃあこの白のワインならどれを選ぶ?」
「えっと、その白ならこの辺りかな」
ワインの銘柄を聞いてから、作りたての柔らかなフレッシュチーズと呼ばれるそれを取って渡す。
「ううん、確かに合う」
ロベリオが嬉しそうに渡されたチーズを口にして頷いている。
「ああ、ここにいたね。探してたんだよ」
その時、声が聞こえてチーズを食べていたレイは慌ててそれを飲み込んでから振り返った。
「ゲルハルト公爵閣下! 先程は失礼いたしました」
側に来てくれたゲルハルト公爵に、レイは笑顔で一礼する。
先程挨拶はしたが、人が多かった為にゆっくり話が出来ずにいたのだ。
今夜の夜会に参加している人は、軍人や年配の男性がやや多く、女性は全体的に少ない。
用意された様々なワインや摘みも、この夜会の楽しみのうちなのだ。
「以前話していた、エケドラ産の今年のワインが届いているよ。竜騎士隊の本部にも届けておくように頼んであるから、きっと戻ったら届いているんじゃあないかな」
ゲルハルト公爵の言葉に、レイの目が見開かれる。
公爵の合図で、後ろに控えていた執事が何本ものワインが乗せられたワゴンから一本取り出して見せてくれる。
ワインの瓶に貼られた手書きのラベルには、葡萄畑らしき光景と高い鐘楼のある古い神殿が描かれている。
驚くレイに、ゲルハルト公爵は笑顔で頷く。
手早く執事が開けてくれたそれを見て、レイは慌てて持っていた空になっていたグラスを近くの机に置いた。
「失礼いたします」
新しいグラスを渡され、栓を抜いたばかりの赤のワインが注がれる。
「以前頂いたのは、確か白のワインでしたね」
笑顔のレイは嬉しそうにそう言って、注がれたワインをゆっくりと揺らす。
目を閉じて黙って香りを楽しむレイをゲルハルト公爵は優しい目で見つめていた。ロベリオ達も何も言わずにそんなレイの様子を見ている。
「良い香りですね。とても、とても豊かな香りがします……」
目を閉じたまま、そう言ったきり黙ってしまったレイの背中を何も言わずにゲルハルト侯爵がそっと撫でてくれた。
「ああ、良いワインだ。最高の出来だよ」
優しい言葉に、レイは頷く事しか出来なかった。
ロベリオ達にもグラスが渡されてワインが注がれる。
「未来ある若者達に、乾杯」
ゲルハルト公爵の言葉に、レイは目を閉じてそっとグラスを掲げたのだった。
「美味しいです……」
もう、胸がいっぱいでそれしか言えなかった。
口にしたそのワインは今まで飲んだどのワインよりも美味しく、レイは密かに浮かんだ涙をこっそりと拭ったのだった。




