朝練の開始と手合わせの順番
「おはようございます!」
いつものように元気よく挨拶をして朝練の訓練所へ駆け込んで行く。
「おはようございます!」
「今日もよろしくお願いします!」
「うん、よろしくね!」
マークとキムが笑顔で駆け寄って来てくれたので、レイも笑顔でそう答えて手を叩き合う。
それから一緒にしっかりと準備運動といつもの荷重訓練を黙々とこなした。
いつもは別室で訓練しているティミーも今日はこっちに一緒に来ているので、最初の準備運動はレイやマーク達と一緒に行った。
途中で、白服に着替えたアルス皇子とヴィゴとマイリーの三人が入って来て、場内がざわめく。
「うああ、噂には聞いてたけど、本当にやるんだ」
「総当たりだって聞いたけど、誰から始めるにしても一人目で既に勝てる気がしないよなあ」
それを見たマークとキムが小さな声で顔を覆いながら呟き、レイが目を輝かせる。
「今日は僕も参加するんだよ」
「うわあ、もうそれ聞いただけで気が遠くなるよ。終わったらカウリ様、生きてるかなあ……」
マークの乾いた笑いに、この後は見学予定のティミーも苦笑いしつつ真顔で何度も頷いていた。
「それじゃあな。頑張って!」
「怪我なんかするなよ」
小さな声でそれぞれレイに耳打ちをして、マークとキムは仲間達のところへ戻って行った。
彼らがレイと一緒に訓練するのは、いつもここまでだ。
「さて、それじゃあ体も温まってきた事だし、そろそろ始めようか」
にんまりと笑ったマイリーの言葉に、場内がまたしてもざわめく。
「順番はどうするんですか?」
誰から当たるにしても、決して楽な相手ではない。割と本気で真っ青になっているカウリを少し心配しつつ、レイがそう尋ねる。
「公平を喫するために、今回はこれを使うよ」
ルークが笑いながら差し出したのは、木製のカップに入った何本もの棒だ。
「ああ、順番はこれで決めるんですね!」
「おう。だからまずは一本引いてくれ」
「はい!」
差し出されたそれのうちの一本を引き抜く。
「ああ、待て待て、まだ見るなよ」
棒の先に書かれた数字を見ようとしたところで笑ったルークに止められる。
レイは笑顔でコクコクと頷き、棒の先を握って他の皆が引くのを待った。
「じゃあ一斉に出すぞ。若い番号から開始だ!」
嬉々としたアルス皇子の号令で、全員が一斉に棒を差し出す。
「あ! 僕が一番だ!」
1と書かれた棒を見た嬉しそうなレイの大きな声に、カウリの悲鳴が重なる。若竜三人組が揃って吹き出す音が聞こえた。
「俺は12だよ」
マイリーが12と書かれた棒を顔の前まで上げて見せる。
「俺は18」
ヴィゴが残念そうに笑って、18と書かれた棒を撫でる。
「私は30。おやおや、棒は三十本しかないんだから私が最後か。カウリ、それまで死なないでね」
何故か満面の笑みのアルス皇子の言葉に、またしてもカウリが悲鳴をあげる。
「俺は5です!」
ロベリオが5と書かれた棒を高々と上げて見せる。
「俺は6!」
隣でユージンが笑って同じく高々と棒を上げて見せる。
「僕は9!」
タドラが、その隣で9と書かれた棒を並べて見せる。
「俺は11、って事は、レイルズ、ロベリオ、ユージンでタドラ。その後が俺で、マイリーでヴィゴ、最後が殿下か。ううん、なあ、どこまで生きてると思う?」
引いた棒を回収しながら、ルークが妙に嬉しそうに笑っている。
「さあなあ。しかも最初がレイルズって、ある意味これ、カウリにとっては最悪の順番だよな」
苦笑いしたロベリオの言葉に、ルークも笑いながら小さく頷いた。
この場合、通常ならば一番最初に当たった人は勝ちを譲って早々に退場する。何しろこの後にまだ何人も続くのだから、一番最初で疲弊させてしまってはあとが続かない。
これはあくまでも、新しく竜騎士となった彼がどれくらい腕が立つのかを一般兵に見せる意味が強いからだ。
とはいえ、いつも割と真面目に朝練に参加しているのだから、一般兵達も皆カウリの腕前は知っている。なのでこれは、言ってみれば竜騎士となったカウリに花を持たせるための手合わせなのだ。
しかし、レイルズを今回の参加者の中に入れると決めた時点で、実はその事について皆で相談している。
あえてレイルズに負けるように言うのは違うとカウリが勝ちを譲られるのを拒否した事もあり、もしもレイルズが一番を引いた場合、カウリも本気で戦うと宣言していたのだ。
当然、全員がそれを聞いて感心して同意したので、今回は順番はどうであれ、全員が本気の手合わせをする事となっている。
「よろしくお願いします!」
いつもの木剣を手にしたレイが嬉々として前に進み出るのを見て、もうこれ以上ないくらいの大きなため息を吐いたカウリも、自分の木剣を手に前に進み出たのだった。
『おやおや、カルサイトの主と本気の手合わせは久し振りよのう。さて、どんな戦いを見せてくれるのやら』
空気取りのために開いた小さな窓枠に座ったブルーのシルフは、面白そうにそんな彼らを眺めながらそう呟く。ブルーの使いのシルフの周りには、他の竜達の使いのシルフ達も集まっていて、ぎゅうぎゅう詰めになって座っている。
『ラピスの主殿は大張り切りだね』
『お手柔らかに願うわ』
苦笑いしたカルサイトの使いのシルフの言葉に、他の竜達の使いのシルフも苦笑いしている。
『ラピスの主もかなり腕を上げているが』
『カルサイトの主殿の腕前も中々だからな』
『さて、アルスの番まで保ってくれるかのう』
ルビーが面白そうに笑いながらそう言い、ブルーの使いのシルフと顔を見合わせて笑いながら頷き合っていたのだった。




