光と影と少年少女
「ほら、順番に並んでくださいって!」
「お菓子は一人一つですよ。そんなにたくさん掴まないの」
お菓子を配る場所は、もう先ほどからものすごい数の子供達に取り囲まれていて大混乱を極めていた。
巫女達も僧侶達も手慣れたもので、押し寄せてくる子供達を笑顔でいなしつつ、時々独り占めしようとしてお菓子を引っ掴む子を捕まえては、時々お説教をしたりしていた。
しかしそもそもこんなにも大勢の人の中にいるの自体が初めてのペリエルは、もう、あまりの人の多さと勢いにすっかり気圧されてしまい、言われた場所にこそ立ったまま完全にパニックになってしまい、ただただ呆然と何も出来ずに突っ立っている事しか出来なかった。
「みならいみこさま。はやくくだしゃい!」
「くだしゃいくだしゃい!」
先ほどから、机の前に陣取る小さな子達がくだしゃいくだしゃいと大合唱している、もうその小さな両手にはお菓子の入った巾着を掴んでいると言うのに。
「だって、一人一つだって聞いてるわ。貴方達、両手に持ってるじゃないの。駄目だから一つ返してちょうだい」
「これは〜〜〜家で寝込んでる〜〜〜〜妹の分〜〜〜〜〜!」
「これは〜〜〜今年生まれた〜〜〜〜〜こいつの弟の〜〜〜〜ぶ〜〜ん〜〜〜〜!」
隣では、こちらも両手にお菓子の袋を複数引っつかんだ子達が、本当かどうか判断がつけられない事を言って、さらにお菓子を掴もうとする。
「だからもう駄目だってば。もうお菓子を貰ったのなら、次に待っている人がいるんだから場所を交代してください!」
「ええ〜〜〜〜妹の分が無い〜〜〜〜!」
「俺の弟の分も〜〜〜〜!」
笑った少年達は、歌うようにそう言ってお菓子を掴もうとする。完全にペリエルは舐められて遊ばれているみたいだ。
「もう……いい加減にしてよ!」
先程から延々とひたすら、くだしゃいくだしゃいと連呼している小さな子達と、その隣でまださらにお菓子の袋を取ろうとする少年達。
とうとう我慢の限界にきたペリエルは、そう怒鳴るとその場でポロポロと涙をこぼして泣き始めてしまった。
からかわれているのは分かっている。こんな事で泣くなんて悔しいし恥ずかしい。
でも涙が後から後からこぼれてきて、どうしても止まらないのだ。
「お、おいおい。泣く事ねえだろうが!」
一番年長の少年が、いきなり泣き始めたペリエルを見て焦って持っていたお菓子の袋を机の上に返した。一つだけは持っている辺り、一応冷静なようだ。
「おい、もう行くぞ!」
結局、少年達は皆、自分の分だけを持って逃げるみたいにして走っていなくなった。
「まあまあ、そんなに泣く事はないでしょうに」
黙って見ていた僧侶の一人が進み出てきて、座り込んで号泣しているペリエルをそっと抱き上げて下がってくれた。応援の巫女が、即座にペリエルがいた場所に立って次に来た子にお菓子を手渡した。
「だって、だってあいつら……人が困ってるのを見て楽しんでた。絶対許さない!」
眉間に皺を寄せて真っ赤になりつつもプリプリと怒る彼女を見て、その僧侶は小さく吹き出した。
「ペリエル。覚えておきなさい。子供達の悪戯の一つや二つ、笑って軽くいなせるようにならないと良い巫女にはなれませんよ」
額を突き合わせて内緒話をするように笑いながらそう言われて、驚きのあまり涙が引っ込んでしまった。
「こんなふうにさまざまな祭事の際に記念品やお菓子を配る担当は、特に新人の子がいれば必ず担当するのですよ。理由は分かりますか?」
「つまり、あんな風にからかいに来る人達の相手が出来るように?」
口を尖らせるペリエルの額に笑った僧侶がそっとキスを贈る。
「違いますよ。街の人達と身近に接して、仲良くなってもらうためですよ。それは、まずはそれぞれの事情を少しずつでも知る事から始まるのです」
驚きに目を瞬くペリエルの頬に、もう一度キスを贈った僧侶は、先ほどの少年達が走っていった道路を見た。
「例えば、先程貴女の周りでもっとお菓子をくれと言って騒いでいた子達。彼らはこの先の用水路の向こうにあるあまり治安の良くない地域の子達です」
「やっぱり」
嫌そうなペリエルの言葉に、困ったように笑った僧侶は首を振った。
「そのように言うものではありませんよ。彼らは、そこにいる動けない子達の分までお菓子を貰いに来ているのですよ」
思ってもみなかったその言葉に、ペリエルは絶句して僧侶を見つめる。小さく頷いてくれたその顔を見て、慌てたように振り返ってもう姿が見えなくなった彼らを道路の人ごみの中に必死になって探した。
「俗に貧民窟とも呼ばれるあの一帯は、今の皇王様の代になってからかなり綺麗になりました。それでも住んでいる人々の大半は他の地域に比べると貧しく、明日の食事どころか今食べる物さえもない者達もいます」
小さな声で、それでも言い聞かせるようにはっきりとそう言われて、ペリエルはもう頷く事しか出来ない。
「特に、幼い女の子の中には逃げ出さぬように足の腱を切られた子もいると聞きます」
悲痛な顔でそう言われて、その意味を考えて鳥肌が立つ。
「それって、つまり……女の子に客を取らせるため? 逃げないように足を切るって……」
「少年達は、比較的自由に街の中に出て行っていますので、外の豊かさも知っています。ある程度以上の年齢になれば、竜騎士様が設立して下さった職業訓練校や各ギルドが経営する私塾などに通って何でもいいから手に職を付けて貧民窟を出て行けます。ですが、女の子のほとんどは……」
言葉を濁す僧侶を見て、ペリエルの目に新たな涙があふれる。
「私に……私に何か出来ますか?」
幼い、けれどもしっかりとしたその言葉に、僧侶は優しく笑ってそっと彼女の頭を撫でてくれた。
「覚えておきなさい。どれほど豊かな街であっても、影の部分は必ずあります。それを薄くする事は出来ても、全てを消し去る事は例え皇王様であっても出来ません。なればこそそれを知り、それらの影が出来るだけ濃くならぬように努める事も、我ら聖職者の役目なのですよ。貴女がもう少し大きくなって一位の巫女の資格を取ってくれれば、布教の為にそれらの場所へ赴く事もあるでしょうからね。決して影から目を逸らさず、それを照らす明かりの一つとなりなさい」
「はい! 今日の事、忘れません!」
真剣な顔で大きく頷くペリエルに、僧侶はそっと祝福のキスを贈った。
「さっきの子達、知らずに悪い事したなあ……私はここから離れられないし……」
僧侶に下ろしてもらい、ひとまず追加のお菓子の入った木箱を運ぶように言われたペリエルは、倉庫から山積みになった代車を押しながら小さくそう呟いた。
しかし、一緒に荷物運びをしていた三位の巫女は呆れたように笑って首を振った。
「あいつらならそんな心配はいらないわよ。ほら、もう知らん顔で次のお菓子をもらいに来ているもの」
笑って指差す場所には、上着を着替えたさっきの少年達が素知らぬ顔でまたしてもお菓子を貰いに来ているところだった。
「ああ、あいつら!」
ペリエルの声に少年達が振り返り、揃って彼女に向かってあっかんべーをして見せたのだ。
巫女達の吹き出す音と、ペリエルの怒った声と、少年達の笑い声が辺りに響き、周りの参拝者達は何事かと揃って振り返った。人々が見たのは、拳を振り上げて両手にお菓子の袋を持った少年達を追い回す見習い巫女の勇ましい姿だった。
そんな彼女の頭上では、呼びもしないのにシルフ達が何人も集まってきて、楽しそうに追いかけ回す真似をして遊んでいたのだった。




