祝賀会と街の見習い巫女
「ううん、話には聞いてたけど本当にすごい人だね」
貴腐ワインの入ったグラスを持ったレイの呟きに、少し離れたところで談笑していた若竜三人組も揃って振り返ってうんうんと頷いていた。
彼らの視線の先には黒山の人だかりが出来ていて、その山の中から大柄なヴィゴとマイリーの頭が覗いている。
と言っても今夜の主役はヴィゴでもマイリーでもなく、その隣にいる人の山に埋もれているカウリの方だ。
今日の叙任式での堂々たるその姿に、多くの人達は感心してお祝いを言うためにカウリの元へ殺到しているのだ。
さすがにカウリ一人では対応しきれず、指導者役でもあったヴィゴと、途中からはマイリーまでが応援に入って文字通り殺到する人達の相手をする事になっていたのだった。
「でも、本当に格好良かったよね」
今日の叙任式での事をまた思い出して、レイはうっとりとそう呟き貴腐ワインを口に含んで若竜三人組と笑顔で頷き合っていた。
今日の彼らはあくまでも脇役なので、一通りの挨拶が終わった後は少しくらいならゆっくりする余裕もあったのだが、カウリは違った。
正式な紹介と共に会場入りした途端、待ってましたとばかりに集まって来た人々に取り囲まれてしまい、ほぼそのままの状態で今に至っている。それでも集まってくる人の数は増える一方なので、確かにこれでは軽食どころかワインを飲む暇もなさそうだ。
「まあ、こればっかりは俺達にはどうする事も出来ないよ。これも仕事だと思って、諦めてカウリには頑張ってもらおう」
同じく貴腐ワインをもらったロベリオが面白くてたまらないとばかりに笑いながらそう言い、四人がまた笑い合ってそれぞれに手にしたワイングラスを掲げた。
「新しい竜騎士殿に乾杯!」
「乾杯!」
あちこちからそれに唱和するように声が聞こえ、グラスが高々と掲げられて笑いが起こる。
レイも笑顔で何度も一緒になって乾杯をした。
その日、街にある女神オフィーリアの神殿では準備の為に夜明け前から皆大忙しだった。
今日は、新たな竜騎士様が誕生する叙任式があるのだ。そのため、女神の神殿でも祝福の祈りが捧げられ、特別な祭壇が設けられている。
早速祈りを捧げようと、既に大勢の人々が集まって来ている。
少し離れた場所にある精霊王の神殿でも、夜明けと同時に祝福の祈りが始まり、街の人々が蝋燭を捧げるために、同じく夜明け前から神殿に長蛇の列を成しているのだと聞き驚いた。
このオルダムの街へ見習い巫女として来て間もないペリエルも当然前日からその準備に駆り出されていて、神殿に来てくれた子供達に配るためのお菓子を準備するのを一生懸命手伝っていた。
「これが竜騎士様の紋章なんですね」
用意された机の上には木箱がぎっしりと並べられていて、そこには麻の布で作られた小さな巾着が並んでいた。
バターの良い香りがここまで漂ってくる。この巾着の中には、竜の形をしたクッキーが一枚入っているのだそうだ。
その巾着の一つ一つには、竜騎士の象徴である聖なる柊を抱いた竜の紋章の印が押されていた。
「貴女の分も用意してあるからね」
密かに欲しいと思っていただけに、その言葉に目を見開いてそう言ってくれた僧侶を見上げる。
「神殿に勤める子達にも、もちろん竜騎士様からの祝福のお裾分けがありますからね」
笑ってそう言ってくれた言葉が嬉しくて、ペリエルは両手を胸元で組んでその場で飛び跳ねてしまった。
「まあまあ、元気がいい事」
笑った僧侶に頭を撫でられ、満面の笑みになったペリエルは元気な声で返事をしたのだった。
突然の事故で父親を亡くして以降、彼女の生活は激変した。
当然未成年の子供一人で暮らして行く事など出来ない。もう関係無いと道端に放り出されても文句は言えない立場だったが、鉱山ギルドの人達は皆、全部を無くした彼女に親切にしてくれた。
当然のようにギルドが運営している孤児院へ入るのが決まり周りの人達は安堵したようだった。でも彼女は、出来れば亡くなった両親のために精霊王か女神の神殿に出家して祈りたいと密かに考えてもいた。
だがある日突然不思議なものが見えるようになり、それが精霊なのだと知った時、また彼女の生活は激変した。
何と故郷の英雄であるマイリー様が、彼女の後見人になってくださるのだと言う。そして、オルダムへ行き女神の神殿の見習い巫女として働いてみないかと言われたのだ。
出来れば出家したいのだという彼女の希望は孤児院の院長先生には伝えていたが、まさかオルダムで出家させてもらえるなんて……。
感極まってしまい、その場でわんわん泣いて周りを慌てさせたのを思い出して、彼女は小さく笑った。
「オルダムは素敵なところね。ここへ来させてくださったマイリー様に心からの感謝を」
思わずその場に跪いて真剣に祈る彼女を、追加の木箱を持って来た巫女達は驚いたように見つめていたのだった。
「さあ、感謝の祈りが終わったら、これも並べてしまってちょうだいな。鐘が鳴ったら参拝の方々が一気に押し寄せて来るからね」
顔を上げたペリエルに皆が笑いながらそう言い、台車に積み上がっていたお菓子がぎっしり入った木箱を渡す。
元気よく返事をした彼女は、追加で並べられた隣の机に丁寧にその木箱を並べていったのだった。
それはそれは真剣な様子で働く彼女の周りには、勝手に集まって来たシルフ達が時々巾着の紐を引っ張っては楽しげに遊んでいたのだった。




