食堂にて
「あれ? 今朝は朝練は無しなの?」
洗面所から戻ってきたレイは、ラスティがいつもの白服ではなく、普段着ている竜騎士見習いの制服を用意しているのを見て驚いたようにそう尋ねた。
「はい、今朝は朝練はご遠慮ください。怪我でもしてはいけませんからね」
「あはは、確かにそうだね。顔に青あざつけたり額に湿布を貼ったまま人前に出るのは僕も嫌です」
指先で目の周りに丸を描いてから、額に手を当てて笑う。
骨折から回復した直後は、朝練も基本の柔軟体操や荷重訓練がほとんどだったが、今ではもう普段通りの訓練に戻っている。なので確かに怪我やアザを作る可能性がある。
「じゃあ、少しだけ柔軟体操をしておくね」
まだ寝巻きのままだったレイはそう言って、綺麗に整えてくれたベッドに上がってゆっくりと体をほぐし始めた。
「今日は朝食の後、まずは竜騎士隊の皆様と一緒に精霊王の別館と女神の分所へそれぞれ参拝に行っていただきます。お戻りになられたら、奥殿にて昼食会がございますので第一級礼装に着替えていただきます」
驚くレイに、ラスティが笑顔で頷く。
「竜騎士の為の叙任式の際には、奥殿にて陛下主催の昼食会を行うのも伝統ですね。これは、竜騎士隊以外では、両陛下とサマンサ様、それからティア妃殿下のみのご参加となります。昼食会の後は、一の郭にある花祭り広場にてカウリ様の為の叙任式を行います。移動は専用のラプトルをご用意しておりますので、それに乗って行っていただきます。まあ、叙任式自体はそれほどお時間はかかりませんのですぐに終わります。またラプトルに乗っていただきお戻りになられた後は、城にある竜騎士隊専用のお部屋にて休憩を兼ねて少し歓談の時間がございますので、ぜひカウリ様に改めてお祝いの言葉を伝えて差し上げてください」
柔軟体操をするレイの背中を軽く押しながら、今日の予定を詳しく教えてくれる。
「分かりました。じゃあ今日は一日忙しいんだね。夜には祝賀会が催されるって言っていたしね」
「そうですね。おそらくオルダムにいる貴族の当主とご夫人、それから御子息やご息女も成人年齢ならばほぼ間違いなく全員参加なさいます。ですので、夜会の規模としても最大級になりますね。もちろん両陛下やティア妃殿下を始め、主だった皇族の方々もほぼ全員参加なさいます」
立ち上がって大きく伸びをしたレイは、大きなため息を吐いた。
「こうやって聞くと、竜騎士になる事ってすごい事なんだなあって、改めて思いました」
振り返った顔は、まだ目尻のあたりが少し赤みがかっているようだが、腫れはほぼ治った様に見える。
「レイルズ様も、すぐですよ。楽しみにしていますからね」
優しい声でそう言われて、満面の笑みで頷くのだった。
その後、身支度を整えて、ルーク達と一緒に食堂へ向かった。
「あれえ、なんだか目が赤いけどどうしたの?」
タドラが心配そうにレイの顔を覗き込んでくる。
「ああ、本当だ。瞼も少し腫れてるじゃないか」
ロベリオの声に、ユージンとティミーも心配そうにしている。
「大丈夫です。えっと、うっかりうつ伏せてこうやって枕を抱えたまま寝ちゃったんです。これでもかなりマシになったんだけど、目立ちますか?」
誤魔化すように目を擦ろうとするのを見て、慌てたルークが止めてくれる。
「ああ、そういう事なら大丈夫だな。まあ昼までには治るだろうさ」
笑って背中を叩いてくれ、レイはできるだけ元気な声で返事をしたのだった。
到着した食堂には先に来ていたヴィゴとマイリーとカウリがいて、アルス皇子殿以外は全員揃った。
いつものように山盛りに料理を取っているレイの隣で、若干動きがいつもよりもぎこちないし、取る量も少ないカウリを皆でからかって笑い合った。
「うああ、緊張してきた」
いつもよりもやや少なめの食事を早々に終えたカウリは、カナエ草のお茶を飲みながら何度もそう言って頭を抱えていた。
「頑張ってね、すっごく楽しみにしてるんだからね!」
目を輝かせて無邪気にそう言って笑うレイの言葉に、カウリは無言で机に突っ伏していた。
「そう言えば、この後の神殿への参拝に行く時はこのままの制服でいいんだね?」
今朝、ラスティから聞いた話を思い出してそう尋ねると、向かい側に座っていたルークが顔を上げた。
「ああ、今日の予定は聞いたか?」
「はい、簡単には聞きました。この後神殿へ参拝してから奥殿で昼食会だって」
だけど、よく考えたら精霊王の神殿の別館と女神の神殿の分所の両方に参拝しても、一刻もかからないだろう。午前中の予定がそれだけと言うのはちょっと意外な気がしたのだ。
「ああ、詳しい内容は聞いていないわけか」
納得したように頷いたルークは、何故かニンマリと笑ってレイを見た。
「全員揃って参拝の後、それぞれの神殿の応接室にて、神官や僧侶達からの祝福を受けるんだ。まあこれはカウリの仕事だから俺達は黙って座っているだけなんだけどね。だからレイルズ君も、誰が来ようが大人しく座っていればいいんだよ」
そこまで言われて、意味が分かっていなかったレイにもようやくルークの言いたい事が分かった。
「えっとそれってつまり、ディーディーやニーカからも、お祝いの言葉をもらうって事だよね?」
「そういう事。まあ、お祝いを述べるのはほぼ一人ずつだから、とにかくめちゃくちゃ時間がかかるんだよな。だけど、これも大事な役目だから疎かにする訳にはいかないんだよ」
苦笑いするルークの説明に、横ではマイリーやヴィゴをはじめ全員が苦笑いしている。
「じゃあお勤め中の彼女達が見られるんだね。楽しみにしていようっと」
レイの無邪気な呟きに、またしてもあちこちから苦笑いとため息がもれていたのだった。




