遠征訓練の事
「そ、そんなの絶対無理ですって。僕が士官候補生って、一体何の冗談ですか〜!」
顔の前でばつ印をつくりながら情けない声で叫ぶレイだったが、いつもと違って誰も笑わない。
「えっと……」
戸惑うように腕を下ろして顔を上げたレイを見て、マイリーがひとつため息を吐く。
「レイルズ。よく聞きなさい。俺達竜騎士は、実際の戦場では基本的には独立機動部隊として働くが、階級としては司令官クラスと同等の扱いを受ける。分かるか。実際にそうなった時に、指揮を待つ多くの兵士達を目の前にして、自分にはそんな事は出来ませんと言えるか?」
息を呑むレイの前に、真顔のルークが書類の束を置く。
「そろそろレイルズにも、楽しい事だけじゃなくて、実際の軍内部での竜騎士隊の扱いや、戦場で求められる竜騎士としての振る舞いについても知ってもらわないとな。これは悪いが、なあなあや冗談で済ませていい問題じゃあないんだよ」
精霊魔法訓練所で用兵と兵法の教科を習っているので、少しはそういった事も分かったつもりではいた。だがレイにとってそれは、いわば教室内だけの事だと思っていた。
「カウリは……カウリはもう行ったんですか?」
今回行くのは自分だけと言われたが、カウリもそれならば竜騎士見習いの立場としては同じのはずだ。そんな話は一度も聞いていないが、彼はもうその訓練に行ったのだろうか?
不意に思いついて、若干口を尖らせながらそう尋ねる。
すると、聞かれたカウリは何故かもの凄く大きなため息を吐いて頭を抱えた。
「これに関しては俺も一言文句を言いたい。せめて見習いの間に行かせてもらいたかったなあ」
驚くレイに、もう一度大きなため息を吐いたカウリは顔を上げてレイを振り返った。
「お前さんはまだ良いよ。見習い扱いなんだから士官候補生。あくまでも候補生。って事は、指揮すると言ってもせいぜいが中隊までだろうが。俺は竜騎士としての叙任を正式に受けてから行くんだから、士官として一個大隊を率いて行く事になるんだぞ。この歳までずっと裏方の倉庫番一筋だった俺に、いきなり一個大隊の指揮官なんかやらせるんじゃねえよ! 路頭に迷った部隊が全滅しても知らねえぞ」
「ええ! 待ってカウリ! 僕は、僕は中隊の指揮をするの?」
「驚くとこはそこかよ!」
立ち上がって真顔で叫び合う見習い二人を見て、堪えきれずにルークとロベリオが口元を押さえて吹き出す。
「いいから二人とも座れ。レイルズ、その辺は後で詳しい説明をしてやるから落ち着けって」
呆れたようなルークの声に、二人は戸惑いつつも座った。
「まあ、驚く気持ちもわかるが、俺達が、もうそれをやらせてもいいと判断するくらいにはレイルズも、それからカウリもしっかりと成長しているって事だよ。大丈夫だから自信を持ちなさい」
真顔のヴィゴの言葉に頷きつつも、揃ってため息を吐いて頭を抱える二人を見て、苦笑いするルークとマイリーとヴィゴだった。
「まあ、レイルズの場合はちょっと他とは事情が違っている。今回は主に実働部隊との団体行動に慣れさせる意味もあるので、前半は一士官候補生として、まずは遠征訓練に個人として参加させる予定だ。そこで、部隊内部で親睦を深めてもらいたい。ある程度慣れてくれば、後半は言ったように小隊から中隊程度の指揮をさせてみる予定だよ。そのあたりはどうなるかはまだ決まっていない部分もあるので、状況次第だな」
「じゃあ、ロベリオ達もその郊外演習に行った事があるの?」
少し落ち着いたレイが、完全に観客状態で苦笑いしているロベリオ達を振り返ってそう尋ねる。
言外に自分だけじゃないよね? って声まで聞こえてきそうで、聞いている周りは笑いを堪えるのに必死だ。
「おう、もちろん何度も行ってるよ。見習い時代にはレイルズみたいに士官候補生として行った事もあるし、叙任後にカウリみたいに士官扱いで行った事もあるよ。まあ結果は……どれもあんまり思い出したくもないけどなあ」
「確かに。あまり思い出したくないよな」
ユージンと顔を見合わせてうんうんと頷き合っているロベリオの横で、机に突っ伏すタドラ。
「えっと、つまり……負けちゃったの?」
ある意味無邪気な質問に、若竜三人組揃って情けない悲鳴を上げて顔を覆う。
「まあ俺も、人の事をとやかく言えないって。一番初めは酷い出来だったからなあ」
ルークの呟きに、レイは驚いて振り返る。
「ええ? ルークが?」
「おう、いわゆる竜と一緒に空から戦う単独戦じゃなくて、地上部隊を率いて戦うってのは、とにかく何もかもが、全くと言っていい程に違うんだよな。まあ、皆これに関しては色々とやらかしているから、レイルズもあまり気負わずに勉強だと思って行っておいで。きっとそこでの経験は、お前の今後の人生の中でも大きな意味を持つと思うからさ」
意外なほどに優しいルークの言葉に、レイは驚きつつも真剣な表情で大きく頷いたのだった。
そして目の前に置かれた書類を手に取り、真剣に読み始めた。
少し離れた燭台に並んで座ったブルーのシルフとニコスのシルフ達は、困ったようにしつつも黙ったままで、愛しくも大切な主の様子をじっと見つめていたのだった。




