カウリの予定とレイの予定
「えっと、この日報はこっちに挟んでおけばいいんだよね」
朝食のあと、ティミーと一緒に一旦事務所へ行ったレイは、まとめて返却されていた日報の束をせっせと片付けていた。
「まだ事務仕事って言ったって、僕に出来る事なんてたかがしれてるもんなあ。やっぱりカウリと大違いだよ」
様々な資料が山と積まれたカウリの机の上を見て、小さなため息を吐く。
「何、陰気なため息吐いてんだよ。ほら、しっかり背筋を伸ばせ。事務所は人の目があるのを忘れるなよ」
その時、笑ったルークの声と共に軽く書類の束で頭を叩かれて慌てて顔を上げる。
「おかえりなさい! 会議お疲れ様でした」
そこには、それぞれ書類の束を手にした竜騎士隊の皆がアルス皇子も含めて勢揃いしていた。
「今戻ったよ。悪いんだけど、今月の予定について詳しい説明をするから、二人とも一緒に来てくれるか」
マイリーの言葉に、大急ぎで立ち上がったレイとティミーは、皆と一緒に会議室へ向かった。
「さて、まずは一番重要な件を報告しておくよ」
全員が着席したところで、書類を手にしたマイリーが立ち上がってそう言い、見習い二人は目を輝かせてマイリーを見た。
「今月五日、つまり十の月の五日にカウリが正式な竜騎士となる為の叙任式が執り行われる」
何でもない事のように平然とそう言うマイリーだったが、チラリと横目でカウリを見て小さく笑う。
「おめでとうございます!」
「おめでとうございます、カウリ様!」
レイとティミーの嬉々とした大きな声に、赤い顔になったカウリが苦笑いしつつ頭を下げる。
竜騎士隊の皆からも改めて拍手が起こった。
「叙任式自体はそれ程時間はかからない。竜騎士の剣の授与と宣誓。それだけだ」
「あれ、それだけなんですか?」
以前見た叙任式の時は、槍比べがあったと思うが今回は無いのだろうか?
そこまで考えて以前聞いた話を思い出した。
「ああそっか。後日改めて閲兵式の時に、騎士の叙任を受けた人と一緒にカウリも槍比べをするって言ってたね」
「おう、そうだよ。まあ、その時はお前も竜騎士の剣を賜るんだから、槍比べにも参加だぞ」
少し赤い顔をしたカウリににんまりと笑って言われてしまい、情けない悲鳴を上げて机に突っ伏したレイだった。
「ま、負けないもんね!」
「俺だって負ける気はないよ。まあ今日教えてもらったけど、俺とレイルズは、決勝までは当たらないように組み合わせの際に配慮されるそうだからさ。まあ頑張ってお互い勝ち上がれるようにしようぜ」
「うん、頑張ろうね!」
顔を上げたレイも笑って隣に座ったカウリと拳をぶつけ合った。
「ちなみにその来年の話だが、レイルズの叙任式も兼ねた閲兵式の日程は花祭り後の六の月の中頃で、今のところ六名の騎士見習いの候補が騎士の叙任を受ける予定だそうだ。だから槍比べは三回勝てば良いだけだよ。簡単だな」
当然のようにそう言ったマイリーの説明に、揃って必死になって首を振るレイとカウリだった。
「ちなみにカウリの叙任式の後は、夜に、当然だが城でカウリのための祝賀会が催される。俺達は全員第一級礼装で出席だからな」
「あの、僕はまだ出なくていいんですよね?」
ティミーの質問に、マイリーは頷く。
「ああ、ティミーはまだ正式な場には出なくていい。後日改めて本部で、身内だけで祝賀会を兼ねた夕食会を開催予定だから、その時はティミーも参加してもらうよ」
「そうなんですね。楽しみにしています!」
目を輝かせるティミーに、カウリも笑顔で頷いていた。
「ところでカウリ、奥方のご様子は?」
振り返ったマイリーの言葉に、困ったようにカウリが首を振る。
「はあ、一応今の所安定しているようなので、身内の祝賀会くらいは参加してもらうつもりだったんですが、ガンディに相談したところ、妊婦の過度な緊張は何らかの緊急事態を起こす危険があるから、出来れば参加はやめたほうがいいと言われました」
「ああ、やはりそうか。まあ、妊婦に無理は禁物だからな。では、そっちは子供が産まれてからだな」
笑ったヴィゴの言葉に、カウリは申し訳なさそうに頭を下げた。
「せっかく妊婦用のドレスまで手配して頂いたそうなのに、申し訳ありません」
「まあ、それは気にするな。奥方にも気にしないように言っておいてくれ。カウリの奥方のチェルシーは社交会に顔出しをしていないから、こういった行事への参加も強制では無いよ」
改めて深々と頭を下げるカウリを見て、レイは妊婦さん用のドレスなんてものもあるのかと、密かに感心していた。
「さて、今月はもう一つ、竜騎士隊に関係する大きな行事があるぞ」
マイリーと交代したルークの言葉に、レイは目を輝かせる。
きっと交代で休暇をくれるという話だろう。
改めて座り直してルークに向き直った時、当のルークが何故かにんまりと笑ってレイルズに向き直った。
「その当事者は、レイルズ」
「はい!」
いつから休暇をもらえるのだろう。
嬉々として返事をしたレイが聞いたのは、驚くべき言葉だった。
「十の月の二十五日から二週間。レイルズには竜の背山脈の麓にある専用の場所で行われる郊外演習に士官候補生として参加してもらうからな。後ほど詳しい書類を渡すから、しっかり読んで期日までに必要項目を記入の上、俺に提出するように」
ルークの思ってもいなかった説明に、レイは目を見開く。
「はあ? 休暇の話じゃなくて、郊外演習に僕が士官候補生として参加するって、いったい何の話なんですか〜!」
本気の驚きの叫びを上げるレイを見て、あちこちから吹き出す音が聞こえたのだった。




