十の月の予定
翌日から、ようやくいつもの日常が少しずつ戻ってきた。
朝練へ行き、マーク達と一緒に体をしっかりと解した後は、少しずつ格闘術や棒術での手合わせも再開していった。
訓練を再開した直後は思う通りに動けずに不安に思っていた体の違和感も、毎日真面目に朝練に出て、さらには時間がある時には第二訓練所を借りてしっかりと体を動かしたおかげで、九の月が終わる頃にはすっかりいつもの調子を取り戻していたのだった。
九の月の中頃からは、それまで免除されていた夜会や懇親会への参加も再開していて、お嬢さん方のダンスの相手をしたり、竪琴を弾いたり一緒に歌を歌ったりもしていた。
「あっという間に十の月になっちゃったね。今年はなんだか時間が経つのがあっという間だよ」
その日も朝練でしっかりと汗を流した後、ラスティ達と一緒に食堂でしっかりと朝食を食べたレイは、朝からいくつものミニマフィンと一緒にカナエ草のお茶を飲みながら、のんびりとそんな話をしていた。
今日は、毎月の月初めにある御前会議に朝から参加しているので、朝練の時から大人組は誰もいない。若竜三人組も今月は一緒に会議に参加しているので、食堂にいるのはラスティ達従卒以外はレイとティミーだけだ。
「いつも思うけど、同じ見習いでも僕とカウリじゃあ扱いが全然違うんだよね。そりゃあ経験差を考えたら当たり前なんだろうけど、こんな時はやっぱりちょっと悔しいなって思うや」
「確かに、カウリ様は兵士として勤めていた期間も長いですし、知識も人脈も豊富でしょうから、僕達とは扱いが違って当然なんでしょうけどね」
ティミーも苦笑いしながら、そう言って何度も頷いていた。
「ところで今月の予定をまだ聞いていないんだけど、どうなってるんですか?」
朝から食事の後にさらに山盛りのミニマフィンを取って来たレイが、カナエ草のお茶の入ったポットの中を覗き込みながら隣に座ったラスティに尋ねる。
「ルーク様が調整してくださっていますから、おそらく御前会議からお戻りになられたら予定を教えてくださると思いますよ。今月と来月は、レイルズ様もたくさん予定が入っていますから忙しくなりますね」
休暇がもらえると聞いていたので、きっとそれの事だろう。
ラスティの言葉に笑顔で頷き、たっぷりと蜂蜜をカップに落としてから瓶の蓋を開けたままティミーに渡した。
「そう言えば、カウリ様の叙任式ってそろそろじゃあないんですか?」
「あ、確かにお披露目から半年だって言ってたもんね」
改めてティミーにそう聞かれて、お茶を飲んでいたレイは、カップを置いて左手の指を折って数え始める。
「えっと、四の月の最初に僕とカウリがお披露目されたわけで、僕が一年、カウリは半年って言ってたから……ああ! 今月で、もう半年過ぎたよ!」
揃って顔を見合わせたレイとティミーは、同時にそれぞれの従卒であるラスティとグラナートを振り返った。
「ああ、その事でしたら、まさに今日の御前会議で最終確認がされているはずですよ」
にっこり笑ったラスティの言葉に、二人の目が輝く。
「はい、今月の五日の予定です。変更されたとの連絡はありませんので、おそらくこれで本決まりかと」
顔を寄せて、ラスティが小さな声で二人に重要な事を教えてくれる。
揃って歓声を上げそうになって、慌てたように口を押さえる仕草まで全く同時で、それを見た従卒たちが揃って小さく吹き出していた。
「ええ、そうなの!」
「もう決定なんですか!」
必死で声を押さえながらも、目を輝かせて話を聞きたがる二人に、ラスティは苦笑いして首を振った。
「準備をしている裏方担当の部署の方などは当然知っていますが、一応正式な発表があるまでは内密にするのも決まりですから、このお話は後ほど本部で致しましょう」
「皆様が会議からお戻りになってから本部で詳しい報告をくださると思いますよ」
口元に指を立てて笑ったラスティとグラナートの言葉に、同じく口元に指を立てて満面の笑みで揃って大きく頷いた二人は、顔を見合わせてもう一度大きく頷き合ってから残してあったマフィンを平らげたのだった。
「楽しみだね叙任式。僕の時までも、きっとあっという間なんだろうなあ」
残りのカナエ草のお茶を飲み干したレイの嬉しそうな呟きに、お皿の縁に並んで座っていたブルーのシルフとニコスのシルフ達も笑顔で揃って頷いていたのだった。
『うむ、ほんに楽しみな事だ』
ティミーと顔を寄せて小さな声で楽しそうに話を始めたレイを、それぞれが愛おしげに見つめていたのだった。




